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比翼の仇  作者: 烏丸 燈


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第三話 狼達の素顔

 入隊して数日、三浦啓之助はすぐに思い知らされた。

 新選組は、高名な剣客集団でも、立派な武士の組織でもない。ここに集うのは浪人や百姓上がり、食い詰め者や半端者。剣の腕は確かでも、素行は最悪。壬生狼と呼ばれるゆえんを、啓之助は嫌というほど見せつけられた。


 屯所の一角からは、朝から酒盛りの声が響く。

 永倉新八が大きな体を揺すりながら、真っ赤な顔で徳利を振り回していた。濃い眉の下で小さな目がぎらつき、笑うたびに白い歯がむき出しになる。

 「へへっ、朝酒が一番うめぇや!」

 「昼まで持たねぇな、それじゃあ!」と原田左之助が応じる。

 丸太のような腕を誇示するかのように振り回し、濃い顔を酒で濡らして豪快に煽る。その声は地鳴りのように響いた。


 膳の上には将棋盤と小銭が散らばり、畳は酒で濡れて黒ずんでいる。


 「おい坊ちゃん、見物してねぇでこっち来いよ!」

 永倉が太い腕を突き出し、にやりと笑った。

 「賭けでもするか!いいとこの坊ちゃんだから、たんまり銭持ってんだろ?」

 原田が片眉を吊り上げ、虎のような目つきで睨みをきかせる。


 「やめとけって」

 間に割って入った藤堂平助は、小柄な身体で啓之助を守るように立った。真面目な声音には、芯の強さが感じられる。

 「こいつら、懐が寂しくて機嫌悪いんだ。真に受けない方がいい」


 その言葉に救われた気がした矢先、永倉がごつい手で藤堂の頭を鷲掴みにしてガサツに撫でた。

 「なんだよ真面目くさりやがって! お前も飲め!」

 「僕は巡察があるんだよ!」

 藤堂は真っ赤になって振り払うが、永倉と原田の豪快な笑い声は止まらない。


 縁側には斎藤一が腰を下ろし、長い煙管を指先でくるくる回していた。

 痩せた体を獣のように丸め、切れ長の目を細める。唇の端には、飄々とした笑みが貼りついていた。

 「おい坊ちゃん、いい見世物だろ?」

 煙と共に吐き出された声は妙に艶があり、からかいと愉快が入り交じっていた。

 「なぁに、心配ない。お前もすぐこうなるさ」


 啓之助は顔を強張らせ、思わず言葉を失った。

 (これが父の仇を探すために飛び込んだ組織なのか。こんな荒れた連中と肩を並べ、やっていけるのか)


 肩を落としている啓之助の耳に入ったのは、山南敬助の声だった。

 「三浦君、気にするな。あれも新選組の空気に染まれば自然なものだ」


 灯りの下に立つ山南は、他の隊士とは異なる異質な存在だった。

 面長の顔に通った鼻筋、細い眉の下で澄んだ瞳が静かに光る。声は柔らかで、所作も整っており、まるで学者か医師のような落ち着きを漂わせていた。衣服も清潔で皺ひとつなく、乱暴者の群れの中にあっては異端そのものだった。


 優しい笑みを浮かべる山南に、啓之助は複雑な思いを抱いた。

 「これが……自然なもの、なのですか」

 「理想と現実は違う。だが、その中で志をどう保つかが大事なんだ」


 山南の言葉は穏やかで、しかし心に深く刺さった。




 夜更け、酒気と笑い声の消えた屯所の庭で、啓之助は月を仰ぐ。

 父・象山の声が、胸の奥で響いた。

 ——和の心を忘れるな。先を見据えよ。


 しかし、周囲から聞こえるのは、鼾と寝言と、酒の匂い。

 その落差に、若き三浦啓之助はただ立ち尽くすしかなかった。

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