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比翼の仇  作者: 烏丸 燈


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第二十九話 壬生を去る日

 元治二年三月十日。

 春風が壬生の町を抜け、屯所の垣根を揺らしていた。

 新選組は、隊士の増加により手狭になった壬生村を離れ、西本願寺の境内へと屯所を移すことになった。


 朝から門前は大騒ぎである。

 荷車がひしめき、隊士たちが声を張り上げる。


 「おい左之! その荷、こっちじゃねぇ、逆だ逆!」

 「だから言っただろ! お前が案内した方向が違ぇんだよ!」

 「なんだと、この野郎!」


 永倉新八と原田左之助が荷車を挟んで取っ組み合いを始めた。

 両手に縄を握ったまま互いに引っ張り合い、木箱がひっくり返って中から槍の穂先が転げ出る。


 「ちょ、ちょっとやめてください! 危ないですよ!」

 慌てて飛び出したのは啓之助だった。

 (全く……この二人はすぐ喧嘩する……。藤堂さん、早く帰ってきて……)

 両手を広げて間に入り、必死で二人を制止する。

 「道具は後で運べばいいんです! まずは荷を仕分けましょう!」


 「なんだよ坊ちゃん、仕切るようになったじゃねぇか」

 永倉がにやりと笑い、原田も「ちょっと見ねぇ間に偉くなったな!」と茶化す。


 「……いえ、ただ仕事をしてるだけです」

 啓之助が頭を下げると、二人は顔を見合わせて吹き出した。


 「謙遜してる割には指示出しはきっちりするよな!」

 「はははっ! けどよ、山南さんが見たら喜ぶだろうな。お前、いい顔になったよ」


 笑いの中に少しだけ寂しさが混じる。

 啓之助は微笑みながらも、胸の奥で山南の面影を思い出していた。




 縁側では、沖田総司が猫のように丸まって団子を頬張っていた。

 「みんなサボり始めるから、僕は見張り役です」

 そう言って団子を差し出す。

 「ほら、三浦君もどうかな?」

 「えっ……仕事中に?」

 「頭使う時こそ糖分だよ」


 啓之助は苦笑しながら受け取る。

 甘い味が舌に広がり、少しだけ肩の力が抜けた。


 「しかし、騒がしいねぇ」

 低い声がして振り返ると、斎藤一がいつの間にか側に立っていた。

 腕を組み、薄い笑みを浮かべている。

 「がちゃがちゃしてて、ここは猿山のようだ」

 「斎藤さんは手伝わないんですか?」

 「俺は警備担当。この期に乗じて荷物を盗む馬鹿がいるかもしれねぇからな」

 斎藤は茶化すように腕を組む。


 その淡々とした口ぶりに、沖田が茶を吹き出した。

 「それって、団子食べながら眺めてる僕と変わらないよね!」

 「ぐうたらサボってるあんたと一緒にするな」

 「ひどい!」


 啓之助はそんな二人のやり取りを見て、ふと気づく。

 この人たちは、剣を持てば鬼のように強いが、こうして笑い合うとただの人間なのだ、と。




 昼過ぎ。

 新しい屯所、西本願寺の境内に入ると、荘厳な伽藍の屋根が春の日差しを反射して光っていた。

 門の前で近藤勇が腕を組み、満足げに笑う。


 「見ろよ! なんとも立派なもんじゃねぇか!」

 後ろには伊東甲子太郎と土方歳三が並んでいる。

 「本願寺の方もよく貸してくれましたな」と伊東が感嘆すると、

 土方は肩をすくめて、「まぁ金も手も動いた結果だ」とぼそり。


 近藤は胸を張った。

 「よし! ここが新しい新選組の本拠だ! 幕府の御用もますます忙しくなる。皆、鍛錬を積み気を引き締めろ!」


 「えー、また訓練増えるのか~」

 沖田がぼやき、永倉が笑う。

 「泣き言言うな、総司。てか、お前は稽古の鬼だろ」

 「え〜そんなつもりないのに〜」


 その横で、原田が啓之助の肩を叩いた。

 「坊ちゃん、部屋割りはどうなってる?」

 「えっと、こちらが会計室、ここが文書庫で……原田さんと永倉さんはこの辺りの部屋です」

 「お、新八と隣か。夜中に酒盛りできるな!」

 「絶対にやめてください!」

 「はははっ!」




 笑い声が廊下を満たす。

 だが、その奥で斎藤が小さく呟いた。

 「……平和だねぇ」


 「ええ」

 啓之助も答える。

 「こういう日が、ずっと続けばいいのに」


 斎藤は少しだけ目を細めた。

 「ふふっ……。“続かない”からこそ、今が光って見えるもんだ」


 その言葉に、啓之助はハッとしたように斎藤を見る。

 斎藤はもう笑っておらず、ただ静かに西本願寺の屋根を見上げていた。

 春風が吹き、桜の花びらが二人の間を通り抜けていく。




 その夕刻、全ての荷が運び終わると、広間では早くも宴の準備が始まった。

 酒、肴、笑い声。

 だが、その中心で近藤が杯を掲げたとき、皆の動きがぴたりと止まる。


 「よぉし、これでまた新選組は一段と大きくなる! この先も“誠”を貫き、京の治安を守り、幕府に貢献する! 皆、頼むぞ!」

 「応ッ!!」


 掛け声が響き、杯がぶつかる音がした。

 啓之助も盃を手に取り、静かに頭を下げる。


 (この人たちと共に――私は自分の信念を見つける)


 夜風が障子を鳴らし、笑い声が流れる。

 その音は、どこか懐かしく、そして儚かった。

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