第十八話 新しき風の兆し
屯所の庭に秋の風が吹き抜けていた。隊士たちの稽古の声が響く中、藤堂平助は縁側に腰をかけ、じっと土を見つめていた。いつもの明るさはなく、眉間に皺が寄っている。
その姿に気づいた三浦啓之助は、心配そうに声をかけた。
「藤堂さん、どうかされましたか」
藤堂は一瞬笑みを作ろうとしたが、すぐに苦々しい表情に戻った。
「……いやな、最近どうも胸が晴れなくてな」
啓之助は黙って続きを待った。
「近藤さんは……英雄気取りになっちまった。池田屋も禁門の変も手柄だらけで、鼻が高くなるのも無理はない。でも……あの人は偉ぶっているより、気のいい兄貴分のままでいて欲しかったんだ」
その声はどこか寂しげだった。
「それに土方さんだ。あの人の厳しさは今に始まったことじゃねぇが、最近は度を越してる。小さな違反でも切腹だの粛清だの……これじゃあみんな息が詰まる」
藤堂の吐露に、啓之助は胸がざわめいた。
「……わかります。私も、不安を覚えています。あの宴席でも……局長と副長の間に、奇妙な歪みを感じました」
藤堂は驚いたように啓之助を見、それから小さく頷いた。
「だろう? ……だからさ、俺は新しい風を入れたいんだ」
声を落とし、藤堂は言った。
「俺のかつての師、伊東甲子太郎先生を呼ぶつもりだ。あの人は学もあるし、人を導く力もある人格者だ。新選組に必要なのは、剣だけじゃなく道理だ。あの人なら……きっと変えてくれる」
啓之助は息を呑んだ。藤堂の瞳には、不安と同じくらいの強い希望が宿っていた。
「……それなら、確かに救いになるかもしれませんね」
ふと吹いた風が二人の裾を揺らした。庭に響く掛け声が、やけに遠く感じられた。
数日後。
「いいじゃねぇか藤堂! お前の師なら歓迎だ。同志が増えるのは力になる!」
近藤勇は豪快に笑った。隣で永倉新八も荷をまとめ、藤堂と共に江戸行きの準備を進めている。
永倉は手を止め、ぼそりと呟いた。
「……水戸学の先生、ねぇ。あの学問はろくな縁を呼ばねぇ気がするがな」
言葉の端に、かつて新選組を荒らした水戸学出身の前局長・芹沢鴨の影がちらついた。だが永倉はそれ以上言わず、荷を背負い直した。
「俺は江戸で隊士を募ってくる。藤堂は伊東先生を口説いてこい!」
近藤の声は威勢よく響いた。
出立の朝。屯所の門前に立った藤堂は、見送りに出た啓之助へ振り返った。
「三浦君。これで……新選組が変わるかもしれない」
啓之助は真剣な眼差しを返した。
「はい。きっと、良い風が吹くはずです」
藤堂は頷き、近藤と永倉の後に続いた。
その背が角を曲がって見えなくなったとき、啓之助の胸に言いようのない不安が広がった。
——果たして、それは救いの風となるのか。それとも嵐を呼ぶ風となるのか。
秋の風は涼しく、しかしどこか鋭かった。




