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第八十二話 ラダナイヤ会戦――不屈の『ディオーネ』

「初弾命中! やりました!」


「当たり前だ。鈍重な相手にこの距離から砲撃したのだぞ。当たらない方がどうかしている」


 俺――アガート=ラストラが見つめる艦橋の先の空には、燃えさかる爆撃艀がある。


 もはや姿を眩ます術を維持できないらしく、爆撃艀は艦体を見せていた。


 のっぺりとした鈍角な艦首から伸びた幅広の艦体の後ろに、主機関部と煙突の合わさった艦橋構造物を備え、純白の塗装とアウストムネシア帝国の国章を側面に塗った艦は、艦首付近の破孔から不気味な程鮮やかな橙色の炎を吹き出している。


 あの様子では燃料か焼夷弾に引火したのだろう。


 爆撃艀は多数の爆弾を艦体に収納する関係上全体が弾薬庫のような艦で、装甲こそ張っているが、積載量や竜血機関の配置から重戦艦程では無い。


 距離さえ詰めれば『ディオーネ』のような大型巡空艦の四〇リーム砲でも簡単に抜けることが出来る。


 恐らく火の手が回るまでそう長くは無い。


「しかしこんなに簡単に爆撃艀をやらせるとは、解せないな」


「敵も寡兵と言うことでしょう。ナグヴィッツの消えた艦隊にはもともと駆逐艦は少なかったですし、新たに建造された艦も多くは割けなかったのかもしれません」


「ふむ……」


 希望的な観測を呟く若い参謀中尉に、俺は首を傾げる。


 そんなに都合の良い条件が重なるのか?


 護衛艦や使える艦が限られるとは言え、ディレンならもっと艦隊を効果的に使うはずだ。


 奴は艦隊指揮の場に実際に立ったことは無いはずだが、艦隊指揮に関する報告書を見たことはある。その時は同じく寡兵だが、より整然として邀撃に上がった敵を追い込む襲撃行動を取らせていた。


 しかし、これは全く違う。


 幾ら鈍重な爆撃艀を寡兵の護衛艦で守らなければいけないと言っても、こんなに簡単に接近を許し食い破らせるとは思えない。


 まるでわざと喰わせているような――。


「――他に竜騎兵隊の信号弾はどこにある!」


 私は提督席の肘置きを掴み、身を乗り出すようにして叫ぶ。喉に痛みが走るが、そんなことは今はどうでもいい。


 しばしの沈黙の後、見張り所から声が上がる。


「九時三十分と十時二十分にそれぞれ一つづつ。距離は本艦から八パームと九パーム……」


「他には!」


「七時に一つ、距離は本艦からおおよそ五パーム半」


「いや司令官! 本艦側方! 二時四十分の方向、信号弾上がりました!」


 古参下士官のものらしきしゃがれ声が他の報告を遮って返ってくる。


 やはりか! そう言いかけた瞬間、窓外で炎が上がり、複数の炎の束が白い雲を引いてこちらに向かってくる。


「ディレンめ、最初からこちらの邀撃艦隊を分断して潰すつもりだったのだ!」


 最初から鈍重な爆撃艀のうち一隻をこちらの攻撃対象にして、攻撃を仕掛けてきた有力艦に鳥雷攻撃を仕掛けて撃沈する。


 そうして『スカアハ』を先行するバチカル級二隻の火力で葬り、ラダナイヤ上空に着けば良い。と言う算段だ。


 市街まで着けば防衛艦隊が爆撃艀を撃破したところで市街地を巻き込んで爆沈する。ベルティナは結果的に王都を守れず有力艦を失うのだ。


「おのれディレン、やるものだな……っ!」


 迫りつつある四条の鳥雷に、艦長が「回避! 面舵一杯フル・ア・ポート! 下げ舵一〇! 機関最大! 防御火器展開!」と各所に向かって号令を飛ばす。


 しかし扇形に発射された鳥雷はロケットの煌めきを窓ガラスに映しながらどんどんと迫ってくる。


 してやられた。どんなに回避しようと一本は確実に『ディオーネ』の横腹を食い破る。


 俺はその時を待つしか無かった。


 残り数十秒。


 音の速さに達する砲弾よりは遅いが、鳥雷は時速二百ノット以上で迫ってくる。


 対空榴散弾が一発の鳥雷を撃ち落とすが、それでも二本は確実にこちらの艦首に突っ込んでくる。


「舵戻せ! 全艦対衝撃体勢!」


 艦長は鳥雷を避けきれないとわかると、すぐに号令を変える。


 決断の早い艦長で良かった、と心中で思うと、俺は深く提督席にかけ、肘掛けを握りしめる。


 そして何十秒経っただろうか――轟音と共に続けて二発、提督席から振り下ろされそうになる衝撃が走る。


 被雷は何度も経験しているが、何度経験しても、被雷の瞬間は馴れない。


「被害箇所知らせ!」


 艦長の言葉に次々と被害の様子が舞い込んでくる。


「右舷前方舵全壊!」


「前部ボイラー室被害多数! 一番缶・二番缶ともに使用不能!」


「上部主砲塔基部に被弾! 三番砲塔で火災! 二番砲塔も旋回装置破損!」


「各所! すぐに復旧急げ!」


 咄嗟に横腹を見せることを回避したため機関部への直撃は避けたようだが、六基あるボイラーの二基が破損しては『ディオーネ』はその快速を生かし切れなくなった。そして攻撃力も半ば奪われたようなものだ。


「目標、前方の敵艦! 後続の『セレナ』にも対空砲火を上げていない、雷撃位置にある艦を攻撃せよと伝えろ!」


了解アイ・アイ!」


 通信兵が伝声管に向けて復唱するも、伝声管が壊れたのだろう。すぐに埒があかないと艦橋を降りて信号所へ向かい出す。

 

「第一、第四、第五主砲! 右舷鳥雷発射管! 目標、前方の敵艦!」


 回避のために面舵をとったおかげで、今になって生きている後部主砲塔も次々と敵艦を狙いだす。鳥雷の上げた白煙はまだ晴れきっていない。


 それにその上空では二対の飛竜が旋回を続けている。『ディオーネ』の奇襲位置から少し場所を変え、再び雷撃を行おうとする不可視の敵艦に、主砲が向けられる。


 俺は獅子髭を撫でつけながら、その下の口で独りごちる。


「全てが貴様の思い通りに進むと思うな、ディレン」


 そう。計算高く計画を立てていても、少しの切掛から破綻することはある。


 例えば、ディレンがユフ=ハウェイズの軍籍三年間停止処分を免官処分にすり替え、ユフ=ハウェイズをアウストムネシア陣営に囲い込もうとしたこと。


 免官まで追い込んで囲い込もうとしたのは良いが、そこにあの妖精族のお嬢さんが現れ、王女としての威厳を前に見事にハウェイズを取られてしまった。


 そして今。誰が思いついたかはわからないが、あのお嬢さん――ミルシェルファ特将の命で飛竜を夜間哨戒に出したことで、不可視の艦を的確に炙り出して、ディレンの包囲は崩れつつある。


「主砲斉射!」


 砲術士官の怒号に似た合図と共に、轟音と砲炎を伴って艦全体に横圧がかかる。


 主砲弾は竜騎兵隊のいる少し下で次々と花開き、そのうちの二発ほどが明らかに他と異なる爆発をする。暫くして、純白の塗装の駆逐艦が夜闇に姿を現した。


 艦尾がひしゃげ、後部の主砲塔と機関が損壊しているが、中央部より前の機関と武装は生きている。


「まだ鳥雷発射管は健在だ! 注意しろ!」


「第二斉射急げ!」


 後方では『セレナ』が同様に駆逐艦を相手取っているようだった。


「ディレン。貴様の思惑、全て砕いて見せよう」

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