第八十一話 ラダナイヤ会戦――竜騎兵たちの戦い
「竜騎兵隊の発艦を求む」と大口を叩き、副長と特将に承認されたのは良かったものの、まさか夜間に竜の眼で不可視の艦の索敵をさせられるとは。
自分が言い出したことながら、迂闊すぎたかと私――ニール=ジェルカナは考える。
信号弾拳銃を握りしめて、鞍にかかった対艇用速射砲を見る。鳥雷艇母艦はこの戦場には居ないようなので、この速射砲は恐らく使う機会は無いだろう。
その様子を察したのか、鞍下のクラリッサがちらと私の方に目を向ける。
「大丈夫だクラリッサ。私はお前を信じて居るよ」
その言葉に少し年の行った牝竜はくるる、と喉を鳴らす。
私が竜騎兵になった頃以来の相棒で、今年四十二になる彼女は竜の中でも少し年を重ねた存在だ。
本来なら新兵を優しく取りなす教練竜になっていてもおかしくないのだが、それでも私と飛べば技巧抜群、速力も膂力も若い飛竜に劣らないからと言う理由で、私と共に飛んでいる。
後ろでは遠雷のように『スカアハ』と敵重戦艦の砲声が轟き、その度にどこかが壊れたであろう音が共に聞こえる。
飛竜房《帰る場所》はせめて無事であってくれと願いながら、私は砲声に後ろ耳を引かれるような思いで闇の中を飛ぶ。
「隊長!」
横から声をかけられる。私と組を組んだ、新任の竜騎兵のサミュエル=メイヤーだ。彼もまた牝竜――クラリッサと比べれば親子ほどの年差があるが――に乗っており、対艇速射砲を持って私の側に着いている。
「どうしたサム! 何か見えたか!」
「違います! リリティが何かを嫌がっているんです!」
リリティ――サムの飛竜を見ると、首を左右に振り、耳を絞っている。尾もぴんと伸びており、確かにこれは何かを嫌がっている、もしくは怖がっている時の様子だ。
クラリッサも先程までの機嫌の良さはなく、リリティほどではないが耳を絞り、警戒している様子だった。
「禍艦だ!」
飛空艦乗りは禍艦が亜竜に襲われないのは、亜竜が禍艦を仲間や賢竜と見做しているからと言うが、実際は異なる。
亜竜は――特に人と共に過ごす竜ほど、禍艦の竜血機関に使われている濃縮流血をただの竜の血とは思っていない。
何かわからない化物と認識して恐慌状態を起こすことはないが、嫌悪感を齎す何かだと言うことがわかっているから近づかないのだ。
「宥めてやれサム! あれは生き物ではないとリリティに言ってやるんだ!」
遠雷のような砲声に負けぬよう、私は声を張り上げる。
サムはリリティに何かを言い聞かせ、鐙を優しく絞る。手が離せないのを知っているリリティも彼の言葉と態度に感化されてか、少しだけ尾を緩めた。
「クラリッサ、この匂いの元はどこだ? 獲物の熱は見えるか?」
私の問いかけにくるる、と返すクラリッサ。そして彼女は鼻先を前に付きだし、降下してゆく。
ぷん、と私のパイのような形の鼻にも油の匂いが漂うのがわかった。
蒸気自動車の排気管から漂うのと同じ、油の燃焼と硫黄の臭い。『スカアハ』に使われる粘質重油の燃える匂いではないが、間違いなく飛空艦のエンジンの排気だ。
それに風切り音に混じって、ごんごん、どろどろと言う音が立てた耳に入ってくる。
「圧縮燃焼機関か!」
まだ戦闘用飛空艦では実用化出来ていない最新鋭の舶用機関の名を叫びながら、私は降下するクラリッサに身を預ける。
見えた。闇の中にぼんやりと、月明かりを透過しない影の姿。おおよその大きさは四五〇シルケと言ったところか。
それの直上にクラリッサが辿り着いたとき、私は信号弾拳銃を持った手を掲げ、引鉄を引いた。
ぼん、と大きな噴射音を上げながら信号弾は上空高く舞い上がり、そして数百シルケ上空で赤い閃光を散らし、落下傘を開いてゆっくりと舞い降りて行く。
敵艦発見の合図の信号弾はよく映える色で、白みかけた夜闇の中で燃え盛っていた。
すぐにこの合図を見つけた味方艦がやって来るはずだ。私がそう思った瞬間、下方から橙色の閃光が迸る。
クラリッサは背を逸らしての急上昇で間一髪それを避け、身体を捻りながら水平飛行に移る。
「やはり見つかってからの行動は早いな!」
橙色の閃光――速射砲の曳光弾を避けながら、私は信号弾拳銃をホルスターにしまう。そして鞍に備えた速射砲の銃把を握った。
「隊長! どうしますか!」
サムの乗ったリリティがクラリッサに近づいてくる。
「味方艦の攻撃まで張り付くんだ! 味方艦が射撃位置に付いたらお前が信号弾を上げろ! サム!」
そのうちに赤い信号弾はあちこちで上がり始める。
計五つの信号弾が空に瞬き、その途端に飛竜を追い払うような対空速射砲の閃光が夜闇を裂く。
「全く、堪え性が無いな」
これでは姿を消していてもそこに居ると言っているようなものなのに。
これがジャスならギリギリまで発砲を控えて、敵艦が近づき竜騎兵隊が油断したところを仕留めるだろう。
慎重で石橋を叩くが故に拙速を好む戦闘では負け続きだが、ジャスは時間を稼ぐ戦は上手い。敵の艦長たちは堅忍を心掛けるべきだったのに、拙速を好む艦長だったことで、己を追い込んでいるのだ。
しかし、まだ未発見の二隻は堅忍を重んじたのだろう。早く飛竜隊が見つけることを祈るばかりだ。
ジグザグに飛んで対空砲火を躱すクラリッサだが、先程より重い砲声を聞くと、身を捻り降下をかける。
一瞬遅れて、先程までクラリッサが飛んで居た場所に、より広範囲を攻撃する対空榴散弾の黒煙が花開いた。
速射砲ごときに墜とされるほどベルティナ竜騎兵は軟弱ではないが、口径の大きな榴散弾を使ってこられては話は別だ。
大口径対空砲の榴散弾は広範囲に大火力を齎す。予測位置が合っていれば竜の鱗を食い破り、その上の竜騎兵を墜とすことぐらい造作ない。
「サム!」
私は叫ぶ。
「わかってます! 進路を予測させないよう飛びます!」
わかっていても実践できるかどうかは別だ。
私はサムとリリティの――この場に居る全ての竜騎兵の無事を祈りながら、味方艦の到着を待つ。
何度榴散弾が打ち込まれ、クラリッサの鼻や尾、そして私自身の身体を掠めるように対空砲弾が飛んだだろうか。
時間にしてみれば短いのだろうが、一秒が一分にも感じる長さで飛んでいた私の目に、発光信号を掲げる艦影がぼんやりと映る。
「サム! 離脱だ! 急降下しろ!」
私は声を振り絞り、絶叫する。
サムはそれに応えて、リリティの鼻筋を思い切り下に向けた。
私もクラリッサを潜り込ませる。
直後風切り音の後、金属同士のぶつかり合う轟音がしたと思った次の瞬間、周囲が明るくなり、耳が痺れ、何も聞こえなくなるほどの轟音が襲いかかった。
私はクラリッサを水平に戻して上を向くと、私の頭上では、黒く長い艦影が燃えさかっていた。




