第八十話 ラダナイヤ会戦――攻勢開始
「第三射、至近多数を確認!」
見張り員の声が艦橋に谺する。
それは俺の目でも確認できる。双眼鏡を使えばより良く見えるだろうが、そうでなくとも艦体を照らすように徹甲弾が爆発したのは見えた。
流石に最初の斉射で命中弾を得ることは出来なかったが、至近弾多数なら向こうも確実に何らかの被害を受けているはずだ。
舵の支柱か補機、できれば測距儀を破壊して暫く行動不能にして欲しいが、それは願い過ぎか。
俺はせめて敵の戦闘能力を削いだと思って声を張り上げる。
「敵第五射が来る前に竜騎兵隊を発艦! 敵第五射が来たら発艦作業を中断! 飛竜はすぐさま本艦とバチカル級との交戦空域から離脱させろ!」
俺の下命はすぐさま後部の飛竜甲板に伝えられる。
暫くすると窓外の闇の中、『スカアハ』から飛び立ったであろう豆粒のような複数頭の飛竜の姿が『スカアハ』の横を飛んで行くのを目にした。
まだ全頭は飛び立てていないだろうが、その前にバチカル級の第五射が空気を震わす。
バチカル級――双眼鏡越しに覗いてみたところ、アウストムネシア帝国章の隣に小さく『ヴァールハイト』と書いてある――はスカアハ同様一二門全ての主砲門をこちらに向けて、斉射を行ってきた。
一二の主砲弾の暴力はたちまち『スカアハ』を襲い、先程と違い直接的な衝撃が加わる震動が艦を震わせる。
直後、爆発に艦が跳ね上がる。
これはまずい。命中弾を貰った。
「被害状況知らせ!」
俺は切羽詰まった声を上げると、戦闘艦橋中が嫌な焦りに包まれはじめる。
やってしまった。と思う間にも被害報告が多数入ってくる。
「左舷艦首副砲付近に命中弾! 現在消火作業中です!」
「左舷第二補機に命中弾、沈黙状態です!」
被害報告が次から次へと入ってくるうちに、焦りと、そして逸る気持ちが戦闘艦橋の内部に籠もっていくのがわかった。
幸いなことに、俺の声で戦意は折れていない。それどころか一矢報いたいと言う気持ちで一杯だった。
そして一矢報いることは十分に出来る。『スカアハ』――アウストムネシアの巡空戦艦がエゼルの巡空戦艦より頑丈で良かったと改めて思えた。
そして俺は声の調子を整えて、一番気にしていた被害を問う。
「竜騎兵隊に被害は?」
「無し、とのことです。砲声で間一髪で発艦作業を中止できたと」
「よし、発艦急がせ!」
「『ディオーネ』『セレナ』に本艦より先行するように信号送れ! 竜騎兵隊の見つけた敵艦に攻撃を加えるように!」
「了解!」
フィチの指揮はすぐさま後部信号所への復唱として伝えられ、後部信号所の信号用探照灯で後方の『ディオーネ』と『セレナ』に送られる。
「主砲第四射!」
八門の七二リーム砲は大型探照灯に照らされた『ヴァールハイト』を狙い澄まし、轟音と爆炎を伴って砲身から螺旋を描いた主砲弾が飛んで行く。
そのうちの何発かが『ヴァールハイト』の横腹や艦上方を殴りつけるように命中し、爆発する。
「第四射、命中弾多数!」
双眼鏡を覗き込むと、徹甲弾が食い込んだであろう痕から炎が上がっているのが見えた。
だが恐らく装甲板の上層に少し食い込んだだけだ。
バチカル級重戦艦は『スカアハ』の主砲より一回り口径の大きな七六リーム砲の主砲弾に堪える装甲を持っている。
上方への大角度弾対策もそれが露呈したライケン会戦後に建造されたであろう『ヴァールハイト』には備わっているであろう。
今の命中弾は恐らく大した傷にはなっていない。もっと有効打を与えないといけない。
現に『ヴァールハイト』の主砲は全てこちらを向いたままだ。
「第五射急がせろ!」
その時、『スカアハ』の横を通過する黒い影が月明かりと探照灯の光の残滓に照らされる。
『ディオーネ』と『セレナ』だ。
『ヴァールハイト』から視れば『スカアハ』の探照灯があの二隻を遮る良い目くらましになっている。
向こうに気取られずに二隻は速度を上げて『ヴァールハイト』の後方に回り込む。
「頼む、爆撃艀を叩いてくれ」
そう口走った俺に、フィチがとん、と肩に手を当てる。
「ラストラ四将ならやってくれるわ。ユフもそう信じてるでしょう?」
「信じてはいるよ。あの人ならやってくれるはずだとはさ」
そう。ラストラなら不可視の敵相手でも竜騎兵隊との即席索敵から艦を叩くぐらいやってくれるはずだ。
竜騎兵隊が閃光弾を上げれば『ヴァールハイト』や飛竜の旋回位置から船速を割り出し、砲撃か雷撃にすぐさま移るはずだ。
外縁にいる護衛の駆逐艦が気づいたところで慌てて発砲すれば自らの位置を教えているようなものだし、鳥雷発射位置に付こうとすれば上空を旋回する飛竜がその変化を感じ取り、竜騎兵が閃光弾を上げるだろう。
ラストラの健闘を祈り、その艦影が遠ざかるのを確認すると、俺は口を開く。
「敵戦艦級の注意を引き付けろ! 取舵八、敵一番艦の回頭進路を塞ぎつつ斉射!」




