第八話 『ディオーネ』沈没・上
「ハウェイズ一等尉官」
南に行くランツベル街道の石畳を踏む馬車の揺れに身を預けている最中、アルカが口を開く。
「巡空艦『ディオーネ』の一件だが、実際はどうだったんだ?」
「どうと言うと?」
「その顛末の全てだ」
アルカは不信気味に眉根を寄せてぴしゃりと言い切る。
「殿下と共に飛空艦に乗っている私から言えば、『ブランダン・デイリー』に載せたあの記事は相当に脚色されているし、飛空艦乗りとは思えない感じ方が入っている」
「そうですユフ。確かにあの記事はちょっと盛りすぎだとは思いました」
フィチが責めるように詰め寄ってくる。
「俺に言わないでくれよ、あの記事は俺の知らないところで半分くらい記者に書き直されてるんだ」
「だからこそ本当のことを話せと言っているんだ」
「わかったよ」
俺は馬車の車窓から目を落とし、数ヶ月前の記憶を呼び覚ましながら辿々しく話し出した。
*
遡ること三ヶ月前。巡空艦『ディオーネ』の空中公試はエゼルベシア本島を北に進むルートで行われていた。
アウストムネシアの禍艦を模したエゼルベシア初の濃縮竜血機関艦である『ディオーネ』は、二パドル・二軸主プロペラの従来型巡空艦と同じ機関レイアウトだ。
しかし従来の巡空艦の五割増しの浮力と推進力を発揮でき、その速力は計算上は現状の巡空艦が機関容積を限界まで増やして到達できる一六〇ノットに及ぶと言う触れ込みで、上層部はこの艦に期待をかけていた。
艤装長のラストラ四将をはじめとした乗員面々も、不安六割、期待四割と言う感触で航行を始める。
リッドマス泊地を離れて、最初は巡航速度の六〇ノットでの航行。そしてエゼルベシア本島の海岸を離れたところで全速過負荷運行という手筈通りだった。
出航した当初からラストラはしきりに口髭をさすり、航海長補佐として乗り込んだ俺も艦橋の竜血機関の圧力計に何度も眼が行っていた。
気づけば何度も、甲高く叫ぶような竜血機関の駆動音に耳をそばだてている。
士官から兵まで、艦内全体がそわそわと浮き足だっていた。公試航行の時はみんなそんなものだとは思うが、『ディオーネ』の場合はそれは違う意味でだった。
何せ禁忌とも言える濃縮竜血を使って航行しているからだ。
亜竜の値を循環させて血に含まれる浮揚物質を使い、亜竜の体を擬似的に再現して艦を浮揚させる竜血機関は、その竜の血の濃度が濃いほどより重い質量を、より高く、より速く浮揚できる。
しかし血の濃度を濃くすると言うことは複数の亜竜の血を混ぜ、それを一頭の亜竜の血と同じ量にしているのだ。
血の感覚で仲間を認識する亜竜にとって、複数頭の亜竜の血を濃縮した濃縮竜血は亜竜の混じりあった未知の化物や複数の竜を喰う化物に映るらしく、命懸けで攻撃を仕掛けてくる。
そうやって濃縮竜血の実験飛空艦はいつも亜竜の群れの捨て身の攻撃で沈没した。
例外は唯一、アウストムネシアの禍艦だけだ。
『ディオーネ』に使われる濃縮竜血は禍艦の製法不明な濃縮竜血ではなく、通常の濃縮竜血だ。
この公試で『ディオーネ』は亜竜の群れの捨て身の攻撃を食らうかもしれない。そんな緊張が艦内に立ちこめていたのだ。
一時間ほど航行して、艦はビーリン川の河口を越え、海上に出るコースを取る。
「十一時の方向、距離二〇パームに大飛竜の群れです。黒縞飛竜の群れを襲っています」
伝声管から伝わる見張り員の声に、艦橋の全員が顔を見合わせる。
亜竜の群れの捕食活動はなかなか止まない。
これから全速過負荷運行に移ると言うときに、濃縮竜血機関を全力にするにはリスキーな状況に陥るとは。
「艤装長、どうしますか?」
航海長が問いかける。
砲術長も鳥雷長も顔を見合わせたままだった。
公試では砲弾や鳥雷は一定数搭載しているが、殆どは威力のない演習用の訓練弾だ。炸裂しても中身が石灰の訓練弾では亜竜相手にも通じないだろう。
床から伝わる竜血機関の唸りと蒸気機関の刻むリズムに混じって、ラストラは一息ついてから下令した。
「全速過負荷運行に移る」
俺はラストラの方を向いた。いや、俺だけでなく全員が彼の方を向いていた。
「復唱せよ」
「艤装長、竜が去るのを待った方が良いです」
俺は、誰も復唱も意見具申も言わないことに思わず進言してしまった。
「黒縞飛竜は天敵と遭遇するともつれ合いの後に急降下し、地面に沿って高速で逃げます。それを待ちましょう」
「……流石は歴戦の竜騎兵の家出身だな。ハウェイズ一尉」
ラストラは一息つくと、「だがな」と返す。
「この公試は新たなエゼルベシア空中艦隊の試金石なのだ。これを行わなければ進歩と言えないのだ」
「だからわざと飛竜の居る空域で濃縮竜血を焚くと」
「戦場はどのような状況なのかもわからん。前進一杯、過負荷運転」
ラストラの下令に「前進一杯、過負荷運転」と復唱が入り、エンジンテレグラフが全速の位置に鐘の音を鳴らし、機関室に通じる送話器に「過負荷運転!」の号令がかけられる。
暫くして竜血機関の唸りがより甲高くなり、床から伝わる振動も大きくなる。
竜血機関と両舷のプロペラを動かす蒸気機関が全力で回り始めたのだ。




