第七十八話 ラダナイヤ会戦――接敵
「こちら聴音室! 大型艦、小型艦いずれも複数のプロペラ音と竜血機関反応音を北北西より感知!」
「感知されても進んでくるのね」
提督席のフィチが身を乗り出しながら言う。
索敵網の中でエーテル通信文が飛び交って、聴音で自分たちの位置がバレているのは向こうも承知のはずだ。
それでも構わず姿をくらましたまま進んでくるのは、堂々としているのか、臆病なのかどちらかわからない。
それが戦術にしろ、酷い矛盾だ。
「距離測定できるか?」
「音が絡み合いすぎて正確な距離測定は無理です」
「大雑把で良い。二~三パームずれても構わない」
俺の言葉に、聴音室の人員は伝声管の向こうで何か話し合ってから、再び伝声管越しに報告してくる。
「先頭はおおよそ一〇パーム、音の絡み合っている部分はもう一パームほど北です。高度差は恐らく四〇〇シルケ上空」
「よし、聴音切れ」
「了解」と聴音員が伝声管の向こうで言う。
「後方の艦にも聴音切れと発光信号で伝えろ」
俺の命を受けて、妖精族の兵が緊張した面持ちで答え、後部の信号所に通ずる伝声管に向かって俺の言葉を復唱した。
聴音を切るのは索敵の終了、そして戦闘開始の合図だ。
暫くあって戦隊全艦に発光信号の応答が返ってきた、という報告を聞き、俺はフィチと目を合わせる。
「敵艦隊を炙り出す準備は整いましたよ、特将」
「宜しい、副長」
フィチはにやりと口の端を釣り上げ、それから声を張り上げる。
「方位北北西へ仰角およそ一〇で左舷主探照灯照射、全機関は第三戦速に移行!」
「了解! 左舷、一番・二番主探照灯! 北北西方向に向け仰角およそ一〇で照射!」
「全機関、第三戦速へ移行!」
テレグラフの発信音と応答音が次々と鳴り響き、竜血機関の反応音と艦体の振動が増し、加速の慣性で身体がぐいと後ろに押される。
それと同時に左舷から発せられた二条の閃光が夜闇を光の剣の様に切り裂く。
夜間や雲中での空戦時の眼である四〇〇リーム主探照灯は、使えば容易に敵の姿を浮かび上がらせるが、同時に光源である自艦を簡単に特定され、狙い撃ちにされる両刃の剣だ。
姿の見えない相手には一見無意味どころか自滅行為に見えるこの行為だが、主砲を撃つにせよ、鳥雷攻撃を試みるにせよ、攻撃を行うプロセスで主砲の発砲炎や鳥雷のロケットモーターの発射炎などの派手な炎と爆煙が絶対に上がる。
それは艦体の姿を消していても誤魔化せないはずだ。
音が誤魔化せていないと言う時点で、艦の透明化は外部には通じないらしい。
「まあ、乗ってくるかどうかは向こうの指揮官次第だけどね」
挑発にも似た攻撃誘引に素直に乗ってくるのは考え無しの馬鹿か、自艦の腕を信じてさらに拙速を好むか、できるだけ危険を排除したい指揮官かだけだ。
相手がそのどれでも無ければ、姿を消したまま『スカアハ』をわざわざ相手せずに、爆撃艀を守って先に進むだけだろう。
これも一種の賭けだ。
「『サンフラワー』が離脱、突撃許可を求めています」
「今は待ってと伝えて。そのうち乱戦になるはずだから」
『サンフラワー』はかなり血の気が多い艦だ。ラダナイヤ爆撃を阻止したくて逸っているのだろう。
さあどう出る、向こうの指揮官よ。
挑発に乗ってくれるか、それとも無視してラダナイヤへ進むか。
そのどちらを取っても『スカアハ』はお前たちの前に立ち塞がるぞ。
前方の窓外に探照灯の光とは別の光が煌めく。
「敵艦発砲!」
そう犬人族の砲術将校が叫んだと同時に、ひゅるる、と風を割く嫌な音が響き渡る。
そして遠雷のようにスカアハの真下で色とりどりの砲弾の炸裂光が閃く。
その中の一個はスカアハの下腹を照らし上げていて、もう少し風や湿度などの抵抗で砲弾がズレていなければ、恐らく命中していたところであった。
その偶然を神に感謝しつつ、俺は砲術士官に問う。
「発砲炎の位置を割り出せるか!?」
「割り出せます! 発砲炎と排煙から逆算します!」
窓外の闇に糸のように白くたなびく煙――主砲の発砲に使った火薬ガスの残滓を眼で追っていると、光の中に突如として白い輪郭が現れ、次の瞬間には光の筋の中に純白の艦体が露わになる。
アウストムネシア艦の特徴でもある白い艦体は明らかに戦艦級――恐らくバチカル級重戦艦だ。
もうこれ以上誤魔化すつもりは無い、任務遂行のために矢面に立つと言う事だろう。
つくづく舐められたものだ。
「『サンフラワー』より通信、『ブロッサム』との協同での突撃許可を求めています」
「もう少し待てと伝えて!」
フィチは伝令の通信員に向かって声を張る。
「今突っ込めば敵の護衛駆逐艦に喰われる! あと少し、『スカアハ』と『ディオーネ』と『セレナ』をエサに駆逐艦を炙り出すまで持たせる!」
今この場にエゼルベシアの連絡将校が乗っていないことが救いだった。
幾ら指揮を任されたとは言え、エゼル艦まで囮に使う気でいるのを知られたら、あとで外務省筋から何を言われるかわかったものではない。
「主砲交互射撃、照準、敵一番艦!」
「主砲交互射撃、照準、敵一番艦!」
俺の下命を伝声管に向かって復唱する犬人族の砲術士官。
その下命はすぐに戦闘艦橋直下の射撃盤室に伝えられ、射撃盤室の砲術長が敵目標への距離と位置、方位と速力を艦下部の主測距儀によって割り出させる。
そして巨大な機械式計算機である方位盤が主測距儀の伝えた情報を元に、動かせる砲門の最適な方位角と仰角を示す。
俺の前方の窓外でも、主砲塔がゆっくりと照らされた敵艦の方を向き、片方の主砲が敵艦に目がけて頭を上げる。
時間にして数分。その間にも敵艦もまた方位と仰角の修正を行い、『スカアハ』を射撃する気でいる。
一秒一秒がもどかしく感じ、敵艦の発砲が当たらないことを祈るばかりだった。
「主砲第一射!」
砲術士艦の声と同時に、目の前の闇が橙色の爆炎によって引き裂かれた。




