第七十七話 夜闇の中で
「駆逐艦『ライラック』『ルピナス』、軽巡空艦『リャナンシー』より通信入りました! プロペラ及び竜血機関音多数!」
さっきまで静かだった『スカアハ』の戦闘艦橋が、通信室からの伝令のその一言で慌ただしくなる。
俺は振り返って空図に視線を落とす。地図の上に載せた写し紙には哨戒網に参加している艦艇が書き込まれており、件の三隻は今『スカアハ』の居る位置の真北に位置していた。
「やっぱり北西方向か」
俺は嘆息する。アウストムネシア艦隊が関連するときはいつもその方向だ。
今回も何も偽装せずにやって来たのは、航路偽装する必要も無いと言うことなのか。
舐められているようで気分は悪いが、事が早く進行してくれると済む。
「艦隊、進路を真北へ」
「旗旒信号上げ、その後取舵二〇、上げ舵五。巡航速にて前進」
フィチに続いてジャスパーが声を張り上げる。
「ハウェイズ下佐、後は君が艦の指揮を取れ」
「艦長、こう言う時は艦長が指揮をお執りになった方が」
「私は実戦に弱いんだ。君がやってくれた方がきっと上手く行く」
ジャスパーは寂しげに、柔和な笑みを浮かべる。
艦を纏めるのは得意だが、グリープロック・バンク会戦など戦闘に関しては良い噂を聞かないのがジャスパー=キャナダインと言う男だ。
きっと自分でも戦闘下手なのを自認して、だからこそ適材適所――俺に戦闘の指揮を任せたのだろう。
「了解しました、艦長」
俺は制帽を深く被り直す。
ジャスパーの責務を引き継いだ分、俺の決断次第で人が死ぬと言う事を重く受け止めて前を向く。
赤色エーテル灯に照らされた艦橋の窓の外はまだ闇夜だ。
さあ、決戦の時間だ。
ラダナイヤの市民の命は俺とフィチの指揮にかかっている。
気を抜くこと無く、最悪差し違えてでもラダナイヤ攻撃を止める。それが俺たちの役目だ。
首都が壊滅し、宮殿に残っているルシェリス女王が最悪の形で崩御すれば艦隊保全もエゼルベシア大連合の権威も何もなくなってしまう。
そのためならばどの艦を捨て駒にしてでも敵の攻撃戦力を削る必要があるのだ。
「軽巡空艦『リャナンシー』より通信! 音紋により敵艦は戦艦級二、大型艀三、駆逐艦級三と推察! 大型艀と駆逐艦級の主機、それに戦艦級の補機は恐らく蒸気機関ではなく圧縮着火機関と思われるとのことです!」
通信室からの伝令の言葉に、俺は正直肩透かしを食らう勢いだった。
「護衛が少ないな」
「艦はあってもまだ人手が足りていないのよ」
フィチが呟く。
「ナグヴィッツの『消えた艦隊』とディレンに着いていった人員だけじゃまだ十分な艦隊を動かせるだけの人が賄えないんだわ」
「だからラダナイヤを焼き払うのを狼煙にして、人を集めようって訳か」
ナグヴィッツの手による戦争で新たな暗黒時代が来るのも阻止しなければならない。また肩に一つ重石が乗った気がした。
しかし圧縮着火機関艦が混じっているのは驚いた。禍血だけではなく、まだ彗州列国で完全に実用化されきってはいない飛空艦用の圧縮着火機関を実用化しているだけでも驚嘆に値する。
出力こそ大きいがエンジンレスポンスに大幅に劣る蒸気タービン機関が採用できず、未だに蒸気往復動機関が主流の飛空艦において、水を必要とせず同じ重油の量で蒸気往復動機関より高効率・高出力で進む事が出来る圧縮着火機関は飛空艦の次世代機関と見られているが、未だに実用的な艦は出てこない。
設計自体が成熟していないのもあるが、彼らはそれを短期間で成熟させたのか、それとももとも開発を行っていたのか。
どちらにしろ向こうが相当の技術力と、それの建造を可能とする船渠を持っているのは間違いない。
それだけでも世界中から倫理観の無い技術者が集まってきそうでもあるが、そんなものを阻止するためにもできるだけ損傷させて化けの皮を剥がしてやるべきだ。
だがしかし――。
「圧縮着火機関なら大きな水タンクが不要になるから爆撃艀の爆弾倉も拡張されてるはずだ。駆逐艦もその分重武装か重装甲になっているかのどっちかだろうな」
フィチに聞こえるように独りごちる。
そして俺の言葉を聞いたフィチは、提督席でしばし逡巡してから声を張り上げた。
「爆撃艀は絶対に撃沈するわ! 護衛の駆逐艦にも十分注意するように他艦に伝えて! 『ディオーネ』には護衛駆逐艦の排除を命じて! 四〇リーム砲で叩き潰した方が早い!」
「護衛の戦艦級は?」
アルカの言葉にフィチは明朗に返す。
「『スカアハ』が引き付けて、隙を作って撃破! それ以外に無いわ!」
俺とアルカは視線を合わせて、頷いた。
初めて会ったときは高飛車な女だと思ったが、こうやって意志を通わせることが出来たのも、この艦とフィチの強引さのおかげだろう。
「前部聴音室に警戒を厳にせよと伝えろ。聴音のためにも巡航以上の速度は出すな」
高速航行の風切り音は聴音の妨げになる。
「敵の良い的になるぞ」
「その時こそチャンスだ。発砲炎で居場所がわかる」
俺はアルカに軽口を叩いて、前方の暗闇を見つめた。
夜明けまで、あと三時間。




