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第七十六話 哨戒網

 卓に置いた懐中時計を見るに時刻は夜二時を回ったところか。


 ベルティナ王都ラダナイヤを囲むように配置された哨戒網の北西部の内側に位置するエゼルベシア空中艦隊軽巡空艦『リャナンシー』の聴音室で、おれ――ジョシュア=アーチボルド軍曹は真鍮に耳を覆う革カバーのついた受音器を手で抑えていた。


 聴音器はちょっとした風向や温度次第でも音の聞こえ方が変わってくる。対気湿度計や温度計、気圧計を睨みながら、敵艦の駆動音を聞こうと集中する。


 今のところおれの耳には哨戒網の外周を固めるエゼルベシアとベルティナの駆逐艦の竜血機関と蒸気機関の駆動音しか聞こえないが、少しでも異音を感じたならば、身体が自動的に反応するだろう。


 アウストムネシア艦隊の艦の駆動音はエゼルベシア艦のそれと大きく異なる。


 エゼルとは違うアプローチで彼らが考案したより効率的に空を掻くプロペラの形状や、主蒸気機関の形式、そして何より濃縮竜血を使う竜血機関の立てる音はエゼル製の艦のそれと大きく違う。


 魔女戦争の頃に何度となくろう管蓄音機で聞いたアウストムネシア艦の駆動音は、今も耳に残っている。


 当時は最新鋭のバチカル級の音源は無かったが、それ以外の濃縮竜血を使った禍艦の駆動音は全て聞いて、記憶した。


 禍艦が通れば、すぐにでもわかるだろう。


 聴音器の回転ハンドルをたまに回しながら、おれは音に集中する。


 艦自体の駆動音と巡航速で上げる風切り音に紛れて、妙な音が鳴らないかに神経を尖らせる。


 それを何時間も続けていたら神経がすり減ってしまいそうだが、自分が気を抜けば数十万人の市民が犠牲になってしまう。


「そもそも、こんな哨戒網自体ムチャクチャなんだよ」


『ディオーネ』と『セレナ』乗員全員が主張しているので認めるしか無いが、見張り員がその姿を視認出来なくなる――姿を消す技術を持っているなんて滅茶苦茶も良いところだ。


 それなら聴音も音を消す技術か何かで意味が無いのでは無いかと思ってしまうが、誰もが聴音は誤魔化せないと言っている。


 じゃあ何故『ディオーネ』は接近を許したのかと言うと、全艦で出臨検でかかりきりだったせいで聴音員が取られたのも接近に気づかなかった原因だというのだ。


 ベルティナ艦では耳の良い犬人族の見張り員の中に、その推進音を艦が姿を消しても聞こえていた者も居ると言うのだ。


 それならきっと聴音も効き目があると縋りたいのだろう。


 音を消す技術までは持っていない。と信じたいのだ。


「まあ、音を消すというのは無理だろうしな」


 自らの姿を隠すのはなんとかできるだろうが、周囲の空気を伝わる音を消すのは難しい。


 特にプロペラと言う空気を掻くことで推進力を得る推進機関で動く飛空艦は絶対にその推進時に大きな音を発する。


 大きな浮揚力と推進力を必要とする大型艦は無音航行は事実上不可能だということは覆せない事実であり、それを行うならプロペラと竜血機関を取り外さなければいけない。


 それにアウストムネシア艦は濃縮竜血を使うためにパドルの活性化が激しく、それ故に反応音が大きくなると言うデメリットを承知で使っているのだ。


 騒音はエゼルベシア艦や静粛性を重視するメロヴィス艦の比では無い。


 複数の飛竜の羽ばたきであろう音が風切り音と駆動音に重なる。


 飛竜はその場に停泊する『リャナンシー』や駆逐艦に目もくれず、明後日の方向に飛び去っていった。


 こういう想定していない音が混じると、少し飛びそうになった意識が戻ってくる。


 赤色エーテル灯に照らされ、変わらない音が支配する聴音室はあまり居すぎると時間の感覚が無くなっていく。


 交代要員が来るのはいつだろうか。


 懐中時計に目を落とすと、午前三時の十分前。あと少しで交代要員がやって来る。


 あと十分、マストの集音ラッパの拾う艦外の音に耳を澄ませるだけだ。


「……うん?」


 耳に明らかに異質な音が混じる。


 きぃん、と耳に付く高周波を伴う音と、空気を掻く音。それが混じって不協のメロディを奏でている。


 間違いない、飛空艦の飛翔音だ。


 おれは集音ラッパの向いている方向を見ながら、集音ラッパのハンドルを回す。


 それは明らかに哨戒網の外周から聞こえてきていて、内周を回る『スカアハ』のものではない。


 俺は艦橋に通じる受話器を取り、片耳の集音器を外して耳を当てる。


 そして艦橋の当直将校が寝ぼけた声で答えるのを遮りながら、叫んだ。


「こちら聴音室! 聴音器に感あり! 本艦九時三十分、飛空艦多数!」


 ややあって声の主が変わった。少し低く張ったしゃがれ声――艦長だ。


「聴音室、報告は確かか」


「明らかに飛空艦の駆動音です。この空域で他の飛空艦が行動してるなら別ですが、そうでないなら、間違いなくラダナイヤ攻撃艦隊かと」


「宜しい。引き続き聴音を続けろ。艦種と大きさを割り出してから各艦に無線で伝える」


 囮に引っ掛かると言う可能性を考慮してだろう。我らが艦長は慎重だった。


 おれは再び両耳に集音器をかけた。


 騒音の広がり方から考えて空気を掻くプロペラの大きさはかなりのものだ。


 戦闘艦なら高速軽巡空艦か戦艦クラス、もしくは大型の爆撃艀や貨物飛空艦クラス。


 それが音の混じり方から恐らく三隻以上。これが囮だとしたら本命はどれほどの戦力になるのか。

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