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第七十三話 出撃前夜――ジャンニとノーラ

 避難民でごった返すラダナイヤの市街をよそに、夜の『ダン・スカー』をひっきりなしに弾薬や医薬品を運ぶ貨物自動車や蒸気トラクターが行き交い、エーテル灯に照らされた『スカアハ』では戦闘準備が着々と進められている。


 王宮の前庭や『ダン・スカー』の縁にも聴音器と野戦高射砲が設置され、『スカアハ』から覗くラダナイヤの中央駅から伸びる転車台の上には、避難用の列車の隙間を縫って搬入された対飛空艦用の大口径高射列車砲が鎮座しているのが見える。


 夜明けに行われると宣言したアウストムネシア艦隊襲撃に対して、ラダナイヤは急ごしらえの臨戦態勢を整えていた。


 あの避難列車に果たして自分の知る人たちは乗れているのだろうか。


 私はそう思いながら舷窓を覗き込む。


「ジャンニ」


 私は名を呼ばれて舷窓からすぐに目を離した。


「ごめん、ノーラ」


「謝らなくて良いよ。気になるもんね」


 ノーラもまた舷窓を覗き込む。


「疫病神みたくなっちゃってるね。わたしたち」


 ノーラが寂しげに呟くが、私はそれに返す。


「殆どゴロツキの言いがかりでしょ。最初に艦を接収したのはエゼルなのにさ」


 そう、弱い相手を狙ってわざとイチャモンをつけ、標的にするやり方。完全にチンピラの手法だ。そんなものに罪悪感を覚える必要は無い。


「でも、そう思わない人も居るからね」

 ノーラがまた寂しげに呟く。


 ノーラの言う通り、皆そうは思わないのも事実だろう。


 生活を滅茶苦茶にされ、身内から犠牲を出したときに、人は恨む相手が必要になる。


 その時、昼間の皇帝サマと元帥サマの額面通りに『スカアハ』とフィチ王女、そしてルシェリス女王を恨むものは大勢出てくるはずだ。


「うん……せめて恨まれないように私たちが食い止めないといけないんだ」


 その時、廊下の向こうで班長が大声を上げる。


「運用第四班総員! 揚弾機から二五.五リーム(一二.七センチ)砲の即応弾をありったけ砲座に運べ! 補修用の木材は全て廊下の端に積んでおけ!」


 猪人族オークの如き体躯を持つ人間族の班長の号令に、私たちは「了解アイ・アイ!」と返事を飛ばし、艦の中央寄りにある揚弾機へ向かう。


 副砲弾薬庫から運ばれてきた二五.五リーム砲弾の真鍮薬莢を身体で支えるように両手で抱え、それを十数シルケ離れた副砲砲座に均等に並べる。


 子供の体重ほどもある砲弾は同世代の女でも多少体格の良い私でも相当な重さだが、小柄なノーラにはこれはキツいらしく、足と羽根を総動員して顔を真っ赤にして運んでいる。


 彼女の小柄さはこういった場面では徒になる。


「奥の七番砲座には私が運ぶから、ノーラは手前の六番砲座の分を運んで」


「ありがと、ジャンニ。実は結構限界でさ」


 それは私もだ。真鍮の薬莢と砲弾は身体と腕にずしりと来て、これを何往復も持っていくのは辛い。


 せめて揚弾機がもう少し多くないものかと毒づきたくなったが、この艦を造ったアウストムネシアの造船官は『優秀な』兵士がやる分にはこれで十分だと割り切ったのだろう。


 数往復目で再び揚弾機の前でノーラと出くわす。


「ジャンニの家ってイーレ区だったよね」


 そう突然話題を振られる。


 確かに以前の夜間当直中にノーラに実家のことを話したことがあった。それを覚えていたのだろう。


「さっき窓見てたの、避難できたか気になってたの?」


「まあ……父さんたちやチビは出来ても、祖母ちゃんは意地でも動かないだろうし」


 私は両親と小さな弟と妹たちが避難用の貨物自動車や馬車に乗っている姿を想像した後、一人古い共同住宅の居間で神妙な表情を浮かべて居るであろう祖母の姿を思い浮かべる。


 頑固な祖母は死ぬときは祖父と過ごした自分の家で死ぬと決めて、あの家から動かないでいるのだ。


「祖母ちゃんの寿命を少し延ばすためにも、私たちが戦って、疫病神の汚名を返上しないといけないからさ」


「だよね。わたしもジャンニのお祖母ちゃんを助けるために頑張らないと」


 そうだ。祖母や、同じようにラダナイヤに残った逃げ遅れた人々や偏屈な人々のためにも私たちはアウストムネシア艦隊を阻止しなければいけない。


 出港までに砲弾と応急材を一個でも多く運び入れなければ。


 私とノーラは振り返って、揚弾機から上がった弾薬を運び出した。

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