第七十二話 夕刻の防衛会議
空中艦隊庁の会議室は、取調室から一瞬にして作戦会議の場へと姿を変えた。
夕陽が差し込む頃、先程まで気取った様子だったエゼルベシアの駐在武官が少し申し訳なさそうに扉を開けて、ラダナイヤを中心とした地図を眺める面々に「失礼します」と声をかける。
「市内の様子は?」
「酷いものでした。避難民が駅や道でごった返していて、車も進めなかったので途中で降りてきました」
そう言う駐在武官の額にはまだ冬は終わっていないというのに汗が浮いている。
「エゼルベシア空中艦隊は本国艦隊に所属する第三重戦艦戦隊と第三・第四巡空艦戦隊、第二鳥雷艇母艦戦隊と護衛の駆逐隊をラダナイヤへと送る、また第一〇巡空艦戦隊をベルティナ艦隊麾下に編入とのことです」
「テネブライ級とロイヤリティ級はあくまで本土防衛に割くつもりか」
駐在武官の報告を受けて、俺は七六リーム砲を備え持つエゼルベシアの主力重戦艦の名を呟く。
バチカル級と等距離で打ち勝てる可能性のある戦艦は、現状同じ七六リーム砲を持つその二クラスとノストラム海艦隊に配備されているアルビオン級巡空戦艦しかないが、そのどれもがこの場に不参加と言うことだ。
第三重戦艦戦隊は六九リーム砲を備えたモナーク級重戦艦だが、バチカル級相手にどこまで持ち堪えられるかわからない。
「連合加盟国の危機を見捨てないが、本国への不意打ちには最大限備える。世論に最大限配慮した見事な采配だな」
ラストラが皮肉げに愚痴る。
確かに政治に配慮した艦隊庁の将官や高級文官たちが考えそうなことだ。
「派遣艦が少なすぎやしませんかね」
「俄仕込みの大艦隊で馴れぬ連携を取るよりは、却って寡兵の方がやりやすい」
ラストラは目を細めて不満げに呟いた自艦隊の幕僚に言う。
「問題は連中の姿を消す技術のおかげで哨戒網や警戒網がまともに作れないことですね。ここまで堂々と攻撃を予告されておきながら、ギリギリまで接近を許してしまいそうなのが恐ろしいです」
アルカが不安げに口にするのを、フィチが「いいえ」と返す。
その表情は強張ってこそ居たものの、蜂蜜色の髪の下のカットエメラルド状の瞳には闘志の炎が宿っている。
「姿は消せても航行音は消せないはずよ。駆逐艦や陸上据え付けの聴音器を見張りに立てて、哨戒網を作れば良いわ」
「その考えは一理あるが、今の風速じゃ風向次第では駆逐艦の聴音器は使い物にならなくなる」
俺は片隅に置かれた天気図を見ながら、フィチの言葉にそう返す。
フィチの策は最善だが、穴が無いとも言えない。
「そのすぐ内側に巡空艦戦隊も見張りに付ける。隻数は少なくなるが、聴音器はより大型になるし、軽巡空艦は最低でも聴音器室を前後二組備えてるから、それで位置を割り出す」
「だけどそれだと対応戦力が欠けるわ」
「ベルティナ艦隊と第三重戦艦戦隊で持ち堪えるしかない。今回は鳥雷戦隊を潜ませる雲も無いからな」
俺は雲の少ない晴れ空を眺める。
今日の夜から明日の朝にかけてベルティナは風は強い西風で、全域的に快晴。
砲戦を行うには最適な日だが、鳥雷戦を仕掛けるには圧倒的に不利な展開だ。
相手が姿を消す術を持っているのもあって、恐らく払暁戦になる。夜間攻撃では威力を発揮する鳥雷戦隊も、このような晴れ空の昼間攻撃では撃破される可能性の方が高い。
「相手の戦力がどれほどかは不明だが、ラダナイヤを滅ぼすと言うからには重戦艦や巡空戦艦を持ってくるのは間違いない」
「それに爆装鳥雷艇を積んだ鳥雷艇母艦を後方に配置するか、爆撃艀を加えると行ったところだな。私が指揮官で、都市破壊を命じられたらそうするだろう」
俺の言葉にラストラが続ける。
「まるで戦時中のメルギーユ爆撃だな」
メロヴィス共和国首都の名前を出したのは妖精族の少し年の行った将官だった。
魔女戦争の初期、爆弾を抱えた爆撃艀とそれを護衛する重戦艦で構成されたアウストムネシアの艦隊はメルギーユを焼き払うべく出撃し、メロヴィス艦隊は重戦艦と鳥雷戦隊、そして市街地に配備された高射列車砲で迎え撃った。
十一回にも及ぶ爆撃行と防空戦で都市部にも郊外部にも少なくない被害を出し、戦争計画にも影響を大きくもたらした、空中艦隊史で一つの章を割いても良い程の激戦として語り継がれている。
「ナグヴィッツの下ににあれを経験し、研究している将兵や指揮官がいるなら、ラダナイヤの守りをを抜く方法も幾らでも思いつくはずだ。我々はメロヴィス艦隊ほど守りに長けてはいないし、濃縮竜血で稼働する高速重搭載重防御の爆撃艀でも投入されれば、ラダナイヤ到達前に叩くのは――」
「あまり絶望的な推測だけを口にするのはやめてくださる、リマンディ下将。そのくらいわたくしたち皆が頭の隅で考えているわ」
フィチは周囲を見回し、眉間に強く皺を寄せながら声を張る。
「わたくしたちの仕事はなんとしてもラダナイヤ防空を果たすこと、そのために絶望的推測をひっくり返す方法を出港までに思いつくことよ」
滅茶苦茶な話だ、と俺は思ったが、フィチの言うことも尤もだ。
ラダナイヤを人質に取られた今、絶望的な状況に対して俺たちが取るべきは無難な次善の防衛策ではない。半ば出来もしないことを承知のこの状況をひっくり返す最善の防衛策なのだ。
「――よし、では小官からも進言しよう」
ラストラが獅子髭の下の口を開ける。
「第三重戦艦戦隊とベルティナ艦隊は全てラダナイヤ郊外にて待機。ベルティナ第一一独立戦隊とエゼル第一〇巡洋艦戦隊が敵艦隊の感知次第漸減邀撃に当たる――これはどうだ?」
「……機動力と火力を以てして、短時間に一隻でも辿り着く爆弾艀や重戦艦を減らすと言うことですか」
リマンディの質問に、ラストラは首肯する。
「そういうことです。我々は今や自身の艦と乗員の練度を疑って居ない。『スカアハ』もそうでありましょう、ミルシェルファ殿下、ハウェイズ副長」
フィチは力強く「ええ」と頷く。
俺もまた答えた。
「小官も万全の『スカアハ』ならば、バチカル級でも喰ってみせると自信を持って言えます。ラストラ四将」
ラストラはにやりと目を細めると、俺に向かって銅鑼声で言ってみせる。
「良い面構えになったな、ハウェイズ下佐。あの牙を剥いていた子犬がこうまでも頼もしくなるとは。やはり貴官にエゼルベシア空中艦隊は合わなかったらしい」
「全くその通りで! 小官はベルティナ空中艦隊――いえ、ミルシェルファ特将の下が最もやりやすい様です!」
俺は隣の席でフィチが耳まで林檎のように朱く染まっているのを見ないふりをして、声を張り上げた。
「哨戒網の内側とラダナイヤ郊外部の中間点、ここに『スカアハ』を旗艦とする遊撃隊が留まり、敵艦隊が哨戒網に引っ掛かり次第、全速を持ってこれに向かい侵攻を食い止める!」




