第七話 突然の花嫁
「殿下に無礼だぞ貴様!」
アルカが身を乗り出して俺に抗議するが、俺はそれを「いやだって待てよ!」と遮る。
「ベルティナ空中艦隊の移籍はまだ良いとしてもだ! 結婚! それも一国の王女と! 突然切り出されて困らない方がおかしいだろ!」
「フィチ殿下のお決めになったことなのだ!」
俺に負けじと声を張り上げるアルカ。それで納得しろ、何故出来んと言わんばかりの苛だちが顔に滲み出ているが、こっちだって何も受け入れられそうにないのだ。
第一、王女と一士官では格が違う。
爵位持ちの名家ならともかく、こっちはせいぜい曾祖父が一代貴族だっただけの竜騎兵一家だ。
そこでフィチがまた「あ」と声を漏らす。
「もしかしてユフは妖精族の結婚のことをご存じなくて?」
「申しわけありませんが、ご存じないのです。殿下」
少なくとも誘拐婚をするしきたりが妖精族にあるなんて聞いたことは無い。
聞いたことがあったら飲み屋街でジンを流し込みながら下世話な噂話として、誰が妖精族――『竜喰い蜂』たちに攫われるかと士官学校時代の友人と肴にしてたはずだ。
こほん、と咳払いして畏まるフィチ。
「我々妖精族は女しか生まれないために、人間族や他の亜人族から夫を娶るのですが、誇りある戦士たる妖精族が娶るのは自らが誇りある戦士と認めた者、と言う風習があるのです。そこには家格や強さの質は関係なく、自らの想いに従うことが大事なのだと母親から教えられるのです」
「妖精族に見初められたと言うことはそれは戦士として誉れあることなのだ。しかも妖精族の王の娘自らが見初めた相手と言うことはベルティナではこれ以上なき誉れだぞ」
フィチの説明にアルカが口を挟む。
成程。俺は目の前の妖精族の王女様に見初められ、誉れある地位に収まったという訳か。
「しかし、結婚をしたいと言うことはエミリア少将にお伝えしたはずなのですが……」
今度は俺が「あ」と言う引っくり返った声を上げる。
昨日母の従兵に引き留められたこと、あれはフィチからの婚約願いの報告だったのか。
どうも従兵が顔を強張らせていたのは、結婚という大事やベルティナ王家の願いだったのも大きいのだろう。
それに今日は母が空中艦隊庁の庁舎に出勤した大分後に酒精の回った曖昧な寝起きで目覚めたのだ。顔も合わせていない。
それなら俺が何も知らないのも当然だろう。
「その様子ではエミリア殿と会わず、何も知らなかったというのが図星だな」
「……ええ、まあ」
俺はアルカから視線を逸らす。それでも追及の鋭い眼差しは止まない。
「それではユフはこの馬車がどこに向かっているのかも知らないようですね」
「ええ、まあ」
申しわけなさげな俺に、フィチはにかりと笑んで答える。
「この馬車はリッドマスの空中艦隊工廠へと向かっています。ユフとわたくしの乗る艦『スカアハ』がそこで改修工事を行っております故」
「『スカアハ』……俺の乗る艦」
はい、とフィチは声を張り上げて答える。その眼は妖精族特有のカット宝石に似た照り返しの光が力強く煌めいている。
「巡空戦艦『スカアハ』。わたくしに任せられた、我がベルティナ空中艦隊の切札となるであろう艦です」
「……巡空戦艦」
俺は言葉を失う。
魔女戦争の後、ベルティナの空中艦隊に巡空戦艦を含む余剰艦を譲渡すると言うのは新聞で見た。
表向きは友好国への戦力強化とあるが、実際はエゼルベシア空中艦隊が維持可能な保有隻数を減らしつつ魔女戦争時並の戦力を維持するための言い訳だと、多くの者は見破っている。
彼女の言う『スカアハ』はきっとその譲渡される艦だろう。
巡空戦艦の補佐と言えば二等佐官クラスの中でも上位の者が選ばれる仕事だ。それを任されると言うことは、俺もあの巡空戦艦の艦橋に立って指揮を執れると言うことだ。
いつかは、と夢見ていたことが、まさか夢破れた昨日の今日で実現してしまうなんて。
「……私のような者に勿体ないお役目をありがとうございます、殿下」
「その殿下と言うのと畏まるのをおやめなさい。ユフ」
そう言うとフィチは俺の手を取って、彼女は蜂蜜色の髪を揺らし顔を近づける。
焼き菓子のような素朴な甘い匂いがした、と思った瞬間、唇に柔らかいものが触れ、彼女の髪の感触が俺の頬に伝わる。
ほんの短い口付けの後、フィチはいたずらっぽく言う。
「今からわたくしのことはフィチと呼ぶこと。畏まった言葉遣いも不要です。ご友人に接するような口調にしてください?」
「あ、ああ。わかった!」
急に重なって離れた、柔らかく甘い唇の感触がまだ残っていた口元を慌てて擦って、俺は引っくり返った声を上げる。
アルカが何か言いたげに犬歯で唇を噛みながら俺の方を睨んでいるが、勘弁してくれよ、と伏せた眼差しで声なきままに訴えた。




