表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/82

第六十八話 禍いの戦艦・上

「何故接近に気づかなかった!」


 俺は見張り所に怒鳴りつける。


 大体『出現』とは何なのだ。重戦艦が何も無い空域から魔法のように現れたとでも言うのか。九パームという至近距離まで接近に気づかなかったなどあり得ないミスだ。


 それも駆逐艦ならともかく、重戦艦のような巨大な目標をだ!


「すみません! ですが本当に突然出現して……!」


 俺は主艦橋からその方向を睨む。


 確かにそこには、連絡将校が来る前には居なかった浮かぶ人工物――飛空艦の姿があった。


 何故あんな目標を見落としていたのだ? 俺も気が緩んでいたのか?


 いや、艦橋の全員が見落としていたのか?


「もういい! 艦影照合は!」


「どちらも、恐らくバチカル級戦艦!」


「デタラメもいい加減にしろ!」


「デタラメじゃありません! 嘘だと思うなら副長も見て下さい!」


 妖精族と思しき女性の見張り員の悲痛な叫びに、俺は通信台の横にかけてあった高倍率双眼鏡をひったくると、それを構えて自身の左前に浮かぶ飛空艦に向ける。


 そして絶句した。


 白い艦体、箱形の昇降舵、禍血の生々しい色がポケットに浮かぶ竜血パドル、六基の七六リーム(三八センチ)連装砲、そして上部後檣に翻るアウストムネシア帝国の――今存在するアウストムネシア民主共和国ではなく、かつての帝国の――戦闘旗。


 ライケン会戦や帝都決戦から抜け出してきたかのように、アウストムネシア艦隊最大最強の重戦艦、バチカル級がそこにあった。


「ユフ、わたくしにも双眼鏡を貸して!」


「待ってくれ、ちょっと」


 フィチの催促を遮って俺は倍率を絞り、画面の中のバチカル級を拡大する。


「あの戦闘艦橋……それに主砲測距儀に副砲塔。魔女戦争の時と明らかに違う」


 本来のバチカル級の戦闘艦橋はテネブライ級や『スカアハ』のような三脚マスト式だったはずだが、目の前のバチカル級は共にまるで灯台のような形の塔型艦橋となっている。


 そしてその戦闘艦橋の上に主砲用の大型測距儀が乗っているのだ。


 これまで以上に長距離戦闘を意識した配置になっているということだろう。


 俺はフィチに双眼鏡を渡すと、矢継ぎ早に「全艦! 警戒配置から戦闘配置へ移行!」と号令を飛ばし、戦闘配置ベルが全艦中に鳴り響く。


 ジリジリと切迫感を与えてくるベルの音を背後に受けながら通信台から艦内放送マイクを取り、俺は興奮のまま声を荒げて絶叫した。


「戦闘配置! 目標は前方の二隻の所属不明のバチカル級重戦艦! 第一、第二砲塔は砲門向け!」


『スカアハ』全艦にひりつくような緊張と興奮が伝わる。


 バチカル(無神論)級、と言う言葉は艦級と言う意味以上に、アウストムネシア帝国の禍艦の脅威と皇帝を神と崇めた狂気の詰まった言葉なのだ。


「どうする、特将」


「どうするったって……交戦の権限はわたくしには無いわ。『ディオーネ』からの指示を待たないと」


 フィチは双眼鏡を下げて俺の方を向いて言う。その表情には緊張が滲み出ており、下がった目尻はどこか心細げにも見えた。


 そう。戦闘配置を命じ砲門を向けはしたものの、命令系統で上位に立つラストラが近くに居る限りは現場裁量で打てはしないのだ。


 半速ほどで徐々に近づき、その腹を見せてくるバチカル級。


 後方の扉から休養していたジャスパーやアルカを含む艦橋要員たちが入ってくるのは、目視でも確認できるほどに近づいてきた白い艦体にじりじりと焦燥感と重圧感を感じていたときだった。


「バチカル級と言ったが、本当か」


「本当です。アウストムネシア帝国の戦闘旗を掲げて、しかも細かい部分が改修されています」


「……悪夢だな」


 帽子の鍔の下でジャスパーが顔を顰める。


 巡空戦艦は機動力と火力で敵を翻弄し先方を叩き潰す女王の駒なら、重戦艦はそれ以上の火力と堅牢な防御を有し、敵陣を蹂躙する城塞の駒だ。


 こう言う場合女王は逃げるが勝ちと言ったところだが、臨検中の『ディオーネ』と『セレナ』を守らなければいけない。


 女王の駒は早討ちは得意でも味方の駒を守るのは下手なのだ。今の状況は『スカアハ』にとっては酷く悪い状況だった。


 そこに通信室からの有声通話のベルが鳴り、俺はジャスパーに目配せする。


「わかったよ」


 ジャスパーは受話器を取り、何度か頷くと、「よし、艦内放送に繋いで読み上げろ」と言う。


 通信室の人間は面食らったのか受話器から引っくり返った声が漏れたが、ジャスパーは「それでもやるんだ、艦長命令だ」と疲れてはいるが声で口にした。


 ジャスパーが受話器を置いて、暫くすると艦内のスピーカーからくぐもった男性通信士の声が響いてきた。


『前方のバチカル級からの通信です。艦長命令で全文をここで読ませて頂きます』


 んん、んん、と何度か咳払いをした後、平板を装おうとしているが感度の悪いスピーカー越しでも同様の伝わってくる上ずった声で、彼が受け取ったであろう無線通信の文面が読み上げられる。


『当方は新生アウストムネシア帝国、第二重戦艦戦隊司令及び戦艦『ヴァールハイト』艦長マーカス=ディレン。我が主君の意と我らの作る秩序に背く貴君らの膺懲ようちょうに趣いた。我らの同胞を解放し、この場から立ち去られよ。さもなくばここで撃沈する』


 酷い冗談のような文面だ。


 マーカス=ディレンがアウストムネシア帝国の司令官を名乗っていることも、聞いたことも無いバチカル級の艦名を名乗ってることも、こちらと敵対すると言い張っていることもだ。


「ディレン一佐……裏切ったと言うことね」


 フィチが口元を抑える。


「しかも史上最強の重戦艦に乗って、だ」


 俺は白い艦影を睨んだ。


 ディレン一佐、あんたは何がしたいんだ。


 あんたはあの駅で、その魔法視で何を見たんだ。


 俺が禍血を使う、人でなしの軍団に降りた映像か?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ