第六十七話 哨戒行動
冬の終わりの夕刻の北大翠洋上を、『スカアハ』の戦隊は進む。
北極から吹き荒れる遮るものの無い冬の強風の季節も終わり、北大翠洋上の飛行はそれほど気を使う必要は無くなったが、それでも見つからない相手への哨戒はなかなか骨が折れる。
現に乗員や士官たちの顔には哨戒の張り詰めた空気に堪え続けたために、疲労の色が見えている。
ベルティナ西岸の港町キステインを軸にして昼夜問わず続けられた北大翠洋上の艦隊パトロールは一週間ほど続けられたが、未だにディレン艦隊への補給物資を運ぶ船の姿も、ディレン艦隊そのものも見つけられないままだった。
「進路北に取れ。面舵一〇」
「了解、面舵一〇」
転舵により艦体がしなり、肋骨が軋む音が艦内に響く。
艦が壊れる前兆のような不気味な音だが、まだこれが鳴っているうちは艦はしっかりと剛性を保っていると言う証でもある。
隣に立つフィチの方を見ると、どうにも瞼が重そうにも見えた。
彼女は将の責務だと言いながら、今朝から最低限の睡眠で当直無視で艦橋に立ち続けている。
休みたいなら休んで良い。
そう声をかけようとしても、彼女は全力で食い下がるだろう。
何より当直無視は俺とジャスパーが最初にやっている。交替で休憩と睡眠こそ取ってはいるものの、俺たちは二十四時間交替で艦橋に立つのを繰り返しているのだ。
それを見てフィチだけが当直通りに動けというのも、多分彼女のプライドに反するだろう。
不意に通信室からの有声通信のベルが鳴り、俺は受話器を取る。
「ハウェイズだ」
『副長、『ディオーネ』より通信ありました』
「定時連絡……にしては早いな。内容は?」
『Oの一八地点にて航行中のディプセン船籍の貨物船に臨検をかけたところ、貨物の中から無認可積載の大量のニトロと竜血が発見され、至急向かわれたしとのことです』
「わかった」
ビンゴ、と言うことか。
「進路変更、南南西。取舵一杯。全機関、前進強速」
俺の指示を聞いて、艦内の空気は一層張り詰める。テレグラフの応答ベルの音や復唱も強張って聞こえるようだった。
「何か見つかったの?」
フィチが問う。
「Oの一八地点で『ディオーネ』が貨物船を臨検したら、無認可のニトロと竜血を積んだ船だったそうだ」
「無登録の軍用火薬積載、しかも竜血タンカーじゃない……どちらにしろクロね」
魔女戦争は世界中で燻っていた戦争の薪に火を点け、燃えさかった。
そして戦争終結と共に余剰となった大量の武器弾薬や竜血は正規・闇の両方のルートを通じて世界中へと広まり、戦争の火を更に強くした。
それに危機を覚えた彗州列強は海運条約を結び、戦争準備や紛争防止のために軍用火薬の積載や竜血の運搬を国際船舶保険会社によって登録した船以外認めないようにし、特に可燃性の高い竜血は専用のタンカー以外での運搬を強く禁じたのだ。
これを破っている時点で、ディレンに関係あろうと無かろうと国際法違反の船として処罰の対象となる。
「恐らく貨物船は一度ベルティナへ連行後、エゼル海軍に引き渡しだろうな」
「ディレンに繋がると良いのだけど」
「そうそう簡単には繋がらないよ。繋がったら儲けもの程度だ」
南ファンチャナ大陸の諸国の反政府運動や東方の反エゼルベシア連邦運動、ノストラム海のあちこちで起きている反列強運動など、弾薬を使う現場は上げればキリは無い。
ディレンの口ぶりでは、彼はその火種に薪を焼べる役をやろうとしているのかもしれない。
Oの一八地点――キステインの西南西七五パームの位置で『スカアハ』は『ディオーネ』と洋上に浮かぶ黒い貨物船を見つけると、近づいて停船する。
暫くして『ディオーネ』の飛竜が飛竜甲板を発ち、スカアハの飛竜甲板に降り立つ。
飛竜には竜騎兵の他に分厚い外套を纏った連絡将校が乗っていて、彼を主艦橋に通すと、『ディオーネ』の報告を訊くのだった。
「臨検した貨物船『シベスタン』ですが、臨検前に海図を焼却処分していました。恐らく積荷の行き先が知られたくなかったのかと」
「乗員は?」
俺が訊ねると、俺より年下であろう連絡士官は首を横に振る。
「口を割りません。南ファンチャナに向かうと言っていますが、航路は北北西を向いていて、シラを切っているようにしか見えませんでした」
ああ、と俺は天を仰いだ。これで本当に関係が無ければ、戦争の火種を未然に摘んだとは言え、完全に骨折り損だ。
「ただ……『シベスタン』は臨検前に妙な通信を発したんです」
「妙な通信って、救難信号や戦時中の襲撃連絡信号ではなく?」
フィチの問いかけに連絡士官は「いえ」と返す。
「HIMDK。これを三回大出力で発信しました」
「船舶符号か……? ディプセン船の船舶符号ならDで始まるはずだが」
「何らかの救難符丁だと思うのですが、今考えても仕方が無いでしょう」
連絡将校は少し疲れの見える顔で、敬礼を取る。
「本艦隊から『セレナ』を分離し、『シベスタン』をキステイン港に連行し、エゼルベシア本国艦隊に引き渡します」
「その間ベルティナ海軍が面倒を見る訳ですね」
はい、と連絡将校。
「我々が見つけてしまったために、お手数をかけます」
連絡将校がそう言って戻ろうとした瞬間、見張り所からの伝声管が吼えた。
「じゅ、一一時の方向、距離九パーム! 重戦艦が二隻出現しました!」




