第六十六話 ラストラとフィチとユフ
作戦会議はつつがなく進んで行った。
アガート=ラストラはこちらに皮肉こそ飛ばすものの、無茶や侮蔑は何一つ言ってこなかった。
特将とは言え一六の小娘とフィチ殿下を侮る参謀もいたが、ラストラがそれを諫め、私に関してもキャナダイン上佐――エゼルでもその名前は、悪名込みで知られていた――の娘であり艦隊参謀要員でもあることを確認すると皆の見方も変わった。
小煩い二等佐官の男が何度か口を挟んで、ディレンの逃亡に関してユフ=ハウェイズの関与に関して口にしてきたが、ラストラとフィチ殿下はそれも軽く流し、哨戒飛行の航路の策定、哨戒時間の策定に話題はすぐに移った。
ベルティナのこの時期の気候条件やディレン艦隊逃亡の方向、そして竜血や重油、食料品等の補給路を考えてフィチ殿下と私は何度か口を挟み、ディレン艦隊の居場所を炙り出すことを提案し、エゼルベシア艦隊もそれを受け入れた。
フィチ殿下は年こそまだ幼く経験が足りないが、ラストラも将としての才覚を見いだしたらしく、『スカアハ』の指揮官としてキャナダイン上佐が補佐に着いてるとあれば相応しいと感じたのだろう。
昼間哨戒に比べて難しい夜間哨戒や夜間艦隊運動を提案し命じたときは、こちら側も少し驚いた程だ。
そして別れ際にラストラはフィチ殿下に、仏頂面を崩さずに言い放った。
「貴方は中々に勇ましく強かな御姫様でしたな。ハウェイズを拾うのは必然と言ったところだ」
それにフィチ殿下は慎ましく、だけど誇るように返した。
「ええ。出世こそ出来ないでしょうが、彼ほど優秀な士官を拾わないわけが無いでしょう」
「ですがあれは度々手を噛んで来ますぞ」
「勿論。それでもその諫言を受け入れてこその将ですから」
そして仏頂面のまま去って行ったラストラを見送り、係留中の『スカアハ』へと戻
る自動車の中で、フィチ殿下は仰ったのだった。
「あの人、きっとユフをあまり嫌っていないわ」
「そう……なのですか」
ハウェイズの話を聞くに、彼を免官に追いやったのはラストラ四将の影響が大きいとばかり思っていたのだが、確かに今日実際に会ってみたら少し印象が違った。
むしろハウェイズのディレン逃亡への関与を徹底して退けていた節すらある。
「恐らくユフの免官はラストラ四将より上の艦隊本部や艦政本部の上層部の面子維持と、ディレン一佐の差し金ね」
「ハウェイズが免官されたところへ自分の元に向かうように仕向けたと……」
「ええ。その前にわたくしがユフを貰ってしまって御破算になったことでディレン一佐はこちらに恨み骨髄でしょうが、ラストラ四将はむしろそれを歓迎しているようだったわ」
「怪しい裏切り者の手に渡るよりは、殿下のような確かな将の手元にいる方がハウェイズも幸福だと思っていると言うことですか」
そうなるわね。とフィチ殿下。
私も最初こそハウェイズのことを気に入らなかったが、あそこでフィチ殿下を信じてハウェイズを迎え入れたおかげで、素性も行動も怪しい謀反者の列に奴を加えないで済んだのだと思うと、改めてあの頃の自分がフィチ殿下への言及を堪えたのを褒めてやりたかった。
自動車は『ダン・スカー』船渠に乗り入れ、私たちは係留塔のエレベーターに乗る。
鳥人族の従兵が足先で器用に操る高速運転のエレベーターに一分ほど乗って、係留塔の最上階から屋根と壁付きの舷梯を渡って『スカアハ』艦内に乗り込むと、兵たちが出迎えてくれる。
「副長は?」
フィチ殿下は真っ先に兵に訊くと、犬人族の女性水兵が「副長なら私室と艦内あちこちを行ったり来たりしていましたよ、今は多分私室に」と伝えてくれた。
彼女に礼を言うと、殿下は途中まで廊下を歩きラッタルを昇って行くが、途中で副長私室とは違う方向――提督私室の方へと足を運ぶ。
「副長私室には行かないのですか?」
「ユフもきっと忙しいのよ。あまりちょっかいかけてはいけないし、私も私の仕事をしないと」
彼女の仕事は沢山ある。
ラストラ四将らとの打ち合わせで出た各種の報告や作戦内容を各艦艦長向けに直したもの、エゼル巡洋艦戦隊と第一一独立戦隊の細かい命令権の範囲の規定、それらを文書化しなければいけない。
艦隊参謀たる私もそれを補佐しなければならない。
特にフィチ殿下は感覚派で文書作成が苦手なために、ハウェイズや私が補佐しなければ二昼夜はタイプライターの前で唸っているのだ。
タイプライター通で文書作成が異様に上手いハウェイズほどでは無いが、私も近衛士官の中では報告書作成が上手い方なので、フィチ殿下のお役には十分立てる。
「今夜は『スカアハ』に泊まり込みですね」
「ええ。ウェンディに帰らないからご飯は要らないと伝えないと」
「ハウェイズにも聞き次第、有声通信で伝えておきます。殿下は先に御部屋へ」
「ありがとう、アルカ」
フィチ殿下と別れると、私は副長私室の方へ出向く。
副長私室の扉をノックしてから開けると、がちゃがちゃと鳴り響いていたタイプ音がやおらに止み、狭い作り付けの机に向かっていたハウェイズが椅子を鳴らして振り向いた。
上瞼が少し垂れ下がりむすりとした表情のハウェイズは私を見るなり、「ああ、アルカか……」と呟くと、垂れ下がった髪の房を直す。
「ハウェイズ。今夜フィチ殿下は『スカアハ』にお泊まりになる予定なのだが、お前もか?」
「ああ、そうなる。今日は帰れそうに無いとウェンディに伝えてくれ」
首を左右に振って凝りをほぐそうとするハウェイズに訊く。
「お前は何の書類を作っている?」
「エゼル向けの『スカアハ』の性能や挙動に関する書類だよ。ラストラ四将がこの艦を独自に動かしたり、『ディオーネ』や『セレナ』と密な艦隊運動を取る時に必要になる」
ハウェイズはそう言うと、既にタイプしきった後の紙束を叩く。
「何せ艦隊運動のやり方もエゼルと全く違う流儀で作られてるからな。加速力も違えば舵利きも違う。最高速度や主砲の射程も……その辺は軍機だからちょっと誤魔化してるけどな」
力無く笑ってからハウェイズは再びタイプライターに向かう。
「因縁の相手のために、随分優しいな」
「副長って立場になって、俺もあの人の気持ちがなんとなくわかったんだよ」
がしゃがしゃと鍵を叩く後ろ姿がそう語る。
「俺は政治ができないから、余計あの時のラストラ四将が抱えていたものの大きさがわかって、怒りも湧かなくなった。俺がやったことは禍艦運用を考えてた艦政本部や艦隊本部には痛打だったろうが、四将自身は板挟みだったし、どこまで禍艦に賛成してたのかもわからんしな」
それにだ、とハウェイズが続ける。
「これが無いと『スカアハ』をまともに使えずに、ラストラ四将も本気の指揮が執れない。不義理を重ねるのは俺の矜持が許さないんだ」
ああ、この男は確かに正直過ぎるな。と私は思った。
正直過ぎて本当に政治の世界で立ち回れずに、墜ちていくしかないタイプの人間だ。




