第六十五話 二将遭逢
王都ラダナイヤの空にエゼルベシアの海軍旗がたなびく巡空艦戦隊が訪れたのは、冬の風も少し和らいだ頃だった。
フィチ殿下と私は第一一独立戦隊の幕僚と言う身分で、エゼルベシア第一〇巡洋艦戦隊の幕僚たちを出迎えることとなり、ラダナイヤ鎮守府まで訪れていた。
私たちの後ろには鎮守府の兵たちが控えており、エゼルの幕僚たちを迎える準備は万端だ。
半年前の擱座の修理を終えた軽巡空艦『ディオーネ』と、その間に就役した二番艦の『セレナ』は私が以前写真で見た時より大きな竜血パドルを着けており、通常の濃度の竜血に動力を切り替え、浮遊伝導率を高めようとしたのがすぐにでもわかった。
それにしてもラダナイヤの空でハウェイズの因縁の艦をこうやって見上げることになるのは、少し不思議な気分だった。
それはフィチ殿下も同じで、こくりと唾を呑んでいる。
「ユフの分もわたくしたちが威勢良く応対しないといけないわね。アルカ、行くわよ」
「はい、殿下」
フィチ殿下は目をぎゅっと絞り、羽根をわななかせてから、空を睨む。
係留塔にエゼルベシアの薄い灰色の二隻の巡空艦が着岸し、幹部たちが内火艇で降りてくる。
内火艇は専用の降着場に誤差無く降り立った。
竜血の燃える匂いの中でがらがらと内火艇の側面扉が開き、格納式の舷梯を男たちが降りてくる。
その先頭に立ったのは立派な白い獅子髭の、ぎょろりとした圧を感じる目つきの男。
ハウェイズの目が鷲頭獅子の目ならば、こちらはそのまま獅子の目か。そう思わせる圧迫感が、その男の目にはあった。
「第一〇巡洋艦戦隊司令官のアガート=ラストラ四将ですね」
「いかにも、フィチ=ミルシェルファ特将。お目にかかれて光栄です」
ラストラは高いが、どこか貫禄のあるよく通る声でそう口にする。
「我が艦隊の不始末とは言え、特将の協力を得られたことは有り難いです」
「礼は長姉のピエリへ申し上げてください。協力を取り付けたのは彼女なので」
ふと、ラストラの獅子の目が左右に動く。何かを探しているのか。
ラストラの探している者はすぐにも予想が付いた。
「……失礼ながらミルシェルファ特将、貴方のお連れ様はどちらに」
「ああ、彼ですか」
フィチ殿下は口元を緩め、挑戦的に目を細める。
「彼なら『スカアハ』で今回の件の書類を作るように命じております。幕僚同士の会合に艦の副長は参加せずとも良いでしょう」
「そうですか。それならば宜しく言っていたとお伝え頂きたい」
「ええ。では募る話は庁舎の中で」
フィチ殿下はそう言うと、鎮守府の兵と共に庁舎の方へ向かう。
その人物――ユフ=ハウェイズは今、『ダン・スカー』の係留塔に繋がれた『スカアハ』の艦内で、タイプライターの鍵を叩いている。
どうやらフィチ殿下がハウェイズや父がラストラと接触しないことを厳命したようで、我々が彼らに替わりエゼル艦隊の皮肉めいた非難の矢面に立つこととなったらしい。
フィチ殿下には私も共に巻き込まれることを謝られたが、殿下が矢面に立つと言うのならば、私も共に立たなくてはキャナダインの家の名折れだ。
言われなくても加勢していただろうし、父やハウェイズの分まで、この言葉と沈黙の応酬の場で戦うつもりだ。
鎮守府の会議室に着くと、エゼル側の参謀が纏めてきた書類を広げた。
ベルティナ島を取り囲む地図であり、北彗州のユーレイアス半島の先端やエゼルベシア本島の東半分までも書き込まれたものだった。
「ディレン一佐の率いる離脱艦はこの航路を取り、ベルティナ北西岸から北大翠洋へと抜けました。これは恐らくユーレイアス半島南岸かイフルラントなどに逃亡したものかと思われます」
「この作戦ではディレン一派の艦を哨戒し、発見次第捕縛、もしくは乗艦の撃沈を行うこととする。指揮権は我々エゼルベシア空中艦隊側が持つ」
ラストラが高く通る声でそう宣言した。
ああ、確かにあの航路ならそれもあり得る。
ユーレイアス半島は飛空艦を隠せる峡湾が幾つもあるし、イルフラントの島は峡湾に加えて内陸部も海岸も保有するハラリア王国すら全貌を確かめられない果ての地だ。
ディレンの飛空艦が身を隠すならその辺りは確かに候補になる。
「ラストラ閣下、我々は貴隊の指揮下に入りますが、有事には独自の指揮権を持って当たりたいと思います」
フィチ殿下の言葉に、ふん、とラストラが鼻を鳴らす。
「本作戦はベルティナ側は完全に指揮下に入ると耳に入れていましたが?」
「恐らく入れ違いでしょう。外務卿補がベルティナ艦隊にも指揮権を持たせると言う交渉を貴国外務省と行ったと言っておられましたので」
またふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすラストラ。
恐らく相席するのが私でなくとも、一国の王女を前に随分無礼だと思ってしまう態度だ。
ラストラが獅子髭の下の口を開く
「……時に『スカアハ』と言う艦をその若い御身で指揮なされるのは何故ですかな。禍艦と呼ばれた艦を無理に動かし、あまつさえ我が艦隊から免官された士官をその補佐のために婚姻を結び、重要ポストに就かせるなど。突飛が過ぎて我々には考えつきませぬ」
「ご心配なく。突飛という言葉は姉たちや空中艦隊上層部の者からも常々聞かされております。それでもやり遂げたいことがある、と仰れば納得して頂けますでしょうか?」
臆することなく答えるフィチに、ラストラの口角が上がる。
「成程、随分肝の据わった御姫様だ」
その肉食獣の眼を細め、ラストラはフィチ殿下の翠玉の眼を見る。
フィチ殿下のそれはラストラにはどう映っているのだろうか。
覚悟を決めた者の目か、それとも無謀な若輩の根拠の無い自信に満ちた目か。
ラストラは暫くそうして押し黙ると、一言吐き捨てる様に呟いた。
「有事のベルティナ第一一独立戦隊の指揮権はフィチ=ミルシェルファ特将に委ねましょうぞ。あくまで我が艦隊の麾下ではありますがな」
ラストラの宣言に、もっと論戦が続くと思っていたであろう私は呆気にとられる。
だがフィチ殿下は微笑みを口元に浮かべ「特別なはからいありがとうございます、ラストラ四将」と何事も無かったように答えた。
そしてラストラは独り言つように、しかし私やフィチ殿下に聞こえる音声で言うのだった。
「ユフ=ハウェイズも良い御方に拾われたものだ」




