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第六十四話 『スカアハ』夜話――ジャンニとノーラ・下

「わたしはあの副長、ジャンニと似てる気がするんだけどなあ」


「似てる?」


 あのいけ好かない副長と私が?


「突拍子も無いこと言わないでよ。どこが似てるの」


「自分の職務に真面目なところと、貧乏籤ばっか引くとこ」


 ノーラはさらりとそう言う。


 褒められているのか貶されているのかわからない自分の評価に、私は喉を唸らせる。


 それを承服したくない肯定と受け取ったらしいノーラは続けた。


「思うに、今は形無しキャナダインに結構試されてると思うんだよね。あの副長。だからあんなにやることがその場しのぎというか……わたしは見るからに両舷直の士官って感じがして好きだけどね、あの副長」


「そうかなァ……それでもなんか贔屓されて副長してる感じはあるけど」


「だってそりゃ殿下の夫だもん。贔屓しないと殿下の側には立てないでしょ」


「じゃあ余計タチ悪いわ。結局ただのボンボンってわかって、将官になっちゃうんでしょ、ああ言う手合いは」


 妖精族は自分が見初めた戦士の男――どの時代でも、どんな戦いをしているかは人それぞれだが――に惹かれて結婚することが多い。


 だが見る目を誤って碌でもない戦士を引き当てる妖精族もなかなかに居る。


 ベルティナ教会は特別な場合以外離婚を臨まない旧教派であるので、もし外れを引いたら妖精族の妻や妻の姉妹や母が夫のことを素晴らしい戦士に鍛え直すことも多いと言う。


 果たしてあのユフ=ハウェイズとか言う副長はフィチ王女が見る目を違えた結果なのか、そうでなく本当に勇猛な空の男なのか。


 どちらにせよ、私としては下手な指揮で仕事を増やしてくるなら信じないでおこうと言う気持ちだった。


 もう副砲の薬嚢やくのうをリレーで運ばされ、付着した石灰を拭い、ヘトヘトになるのは御免だ。


 一度あいつも石灰拭いに参加すれば、運用科の水兵の気持ちがわかって、もうちょっと慎重な指揮を取るはずだ。


 しかし――。


「それ以上に、この艦があんまり好きになれないかな」


 私は白ペンキ塗りの壁――『スカアハ』の構造物をこんこんと叩く。


「……やっぱりジャンニもそう思うんだ」


「今は、だけどね。もうちょっと馴れたら変わるかもしれないけど」


「ジャンニは何が馴れないの?」


 ノーラは青葉色の髪を触りながら聞いてくる。


 こういう女の子らしい仕草が似合うノーラが、長身で大人っぽい雰囲気だと自他共に言われることの多い私は時々とても羨ましくなる。


「アウストムネシア式で勝手になれて無くて使いづらいところもあるし、何より艦のどこかしらから厭な感じが出ててさ……まだちょっと馴れない」


 私は魔法視でもないから霊とか呪いとかは見たり感じたりはしない。


 それでもこの艦には、何か馴れないものがある。どこか凝った黒いものが、禍艦と呼ばれた頃から蓄積された何かがこの艦にこびりついているようで、恐ろしくなるときがある。


「わたしもそう思う。艦自体に良くないものが残ってると言うか、何かが宿ってるみたいでさ……たまに怖くなる。濃縮竜血の影響なのかな」


「アウストムネシアの濃縮竜血――ね」


 あの機関長は何か知っているのだろうか。


 濃縮竜血に関してこの艦で一番詳しいであろうあのアウストムネシア人の機関長。


 機関室からなかなか出てこず、私もノーラも機関長室に向かうところを遠巻きにしか見たことは無い、痩せた機関長。


 あの機関長やアウストムネシアからやって来た機関員は何か知っているのか。


 それとも何も知らないまま濃縮竜血から賢竜の血に切り替えて黙々と艦を動かしているのだろうか。


 私は――多分どちらも正解だと思っている。


 きっと機関員も、アウストムネシア時代に自分たちが艦自体を淀ませる禁忌に近い何かを扱っていたのは薄々わかっていただろう。だけどその正体は教えられず、使われるがままなのだ。


 末端なんてどこでもそんなものだ。


 でも、とノーラは呟く。


「フィチ殿下はそう言うのもひっくるめて、副長やこの艦を受け入れて、ベルティナを守ろうとしているってことなのかもね」


 ノーラの声色はあくまで柔らかで、フィチ王女を信頼しきっているような様子だった。


 何故に妖精族の者はフィチ王女をそんなに信用できるのだろう。


 特将と言っても王族待遇で士官学校を出た一六の小娘だ。そんな小娘が連れてきた副長と曰く付きの軍艦、それをすんなりと信用できるかと言えば、私は少なくともそうはいかない。


「……なんであんたたち妖精族はフィチ王女をそんなに信用できるの? そういう習性?」


「そういう言い方は苦手なんだけど、それは絶対にあると思う。妖精族は王家と従者の血族がハッキリ別れてて、どこか王家に従っちゃうところがあるからさ」


「やっぱりそうなんだね」


 私に夜の狩人だった狼人の血が流れているように、彼女も習性に引っ張られるのだろう。


「でもそれだけじゃ無いよ」


 ノーラは天井の赤色エーテル灯を見上げて、そう口にする。


「それでもわたしはフィチ殿下が絶対にこの艦や副長と一緒にベルティナを守って、何かをやろうとしてると思ってる。わたしはそれに力を貸したいんだよ」


「つまり、王女を本気で信じてるってこと?」


「そういうこと。ジャンニこそ、殿下に不満があるならなんでこの艦に乗ってるの?」


 ノーラにそう言われて、初めて私はなんでこの艦を選んで、今も乗り続けているのかという、今まで疑問にも思わなかったことに気がつく。


 運命と割り切るにしても、本当に嫌なら転属願いを出すタイミングはいくらでもあった。


 それでもこの艦に乗り続けている理由、それは――。


「……多分、歴史に残るような大戦おおいくさの中に居たいからかな」


「歴史に残るような……?」


「ひいお祖父ちゃんが大陸戦争の時にアーヴェルジェ・バンク海戦でエゼルの存亡を賭けた戦いにエゼルの水兵として参加したのがうちの誇りでさ。私もそれを越えるような会戦で、このベルティナの命運を背負って戦いたい、と思ってるんだ……」


「確かに、それなら『スカアハ』は一番派手に暴れられる艦だもんね」


「どうせこの平和は長くは続かないから。私は自分の子供や孫とか、それじゃなきゃ親戚に、あの『スカアハ』の艦上で戦争を潜り抜けたんだぞって自慢して、ビューロー家の誇りになりたいんだ」


「ジャンニってば、凄いじゃない。そんな目標持って」


「とは言っても運用班の二等水兵じゃ、敵艦の撃沈なんて出来やしないけどね。そう言う手柄は多分全部艦長やあの副長に持ってかれそうだし」


「でも自慢の方法なんていくらでもあるよ。あの時ジャンニが薬嚢を運ばなきゃ、駆逐艦や艦載鳥雷艇を撃沈できなかったとかさ」


 ああ、それは良いかもしれない。


 笑みを浮かべるノーラの顔を見ながら、私はあの副長や王女が私を、この艦を上手く使ってくれることを祈るのだった。


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