第六十二話 『スカアハ』夜話――キャナダイン父娘
私の第一印象として、ユフ=ハウェイズはあまり信用できない男だった。
どこか擦れていて、最低限の品はあるが粗野な素地が見え隠れし、自分の気に入らないことには誰にでも噛みつくと言う印象を、実際に会ったときとハウェイズ自身の書いた――本人曰く脚色が多く含まれていたようだが――新聞の投書記事を見た時に私は思った。
何故フィチ殿下はこのような男に惹かれ、あまつさえ婚姻まで考えるのだろう。
私は何度かそう口にしたが、その度にフィチ殿下は「ユフ=ハウェイズ一尉はとても素敵な方だとわたくしが思っているから。素晴らしい戦士で、素敵な伴侶になってくれるわ」と返してきた。
私にはそれが理解できなかった。ハウェイズが殿下の思惑を知ってなお手を取ったことも、奴の母君――エミリア=ハウェイズ二将もまた殿下の真の願いを知りながら彗州最強の巡空戦艦の譲渡に手を貸すことに、底が見えず信じることが出来なかった。
私がハウェイズを初めて信頼できると思ったのは、『スカアハ』の回航の日だ。
レッチュ機関長や乗員などに話を聞いて真摯に自ら禍艦と呼んだ『スカアハ』に向き合い、更に無茶な操舵を命じるフィチ殿下を怒鳴りつけた。
あの時私は殿下を怒鳴りつけられた怒りと共に、この男は信頼できる飛空艦乗りだと実感できたのだ。
両舷直の父の背中を見て育った私の勘は外れていなかった。
意図不明艦騒ぎでも、この前の艦隊戦演習でも、ハウェイズは殿下の意を汲みできる限りの戦いの采配を振るっていた。
だがそれとは別に、奴に文句があるのもまた事実だ。
「父さん」
「なんだ、アルカ」
『スカアハ』の艦長室を訪れると、父・ジャスパー=キャナダイン艦長は机に向かっていた顔を上げた。
夜間用の赤色エーテル灯の照明と、机の上の読書灯の仄明るい光が、軍人にしては柔和な下がり眉の顔を照らし出す。
ルシェリス女王が王女付きだった時代に近衛武官だった母曰く、若い頃の父は母がキャナダインの名を背負わせるに相応しいと思った勇猛な士官だったらしい。
聖蹟演舞でも母に会わせて槍を振るい戦って見せたと言うが、それがこんなに柔和な顔になったのは、指揮官を任せられてからだと言う。
艦を預かる指揮官としての重圧が、父の性格を丸めて、今の和やかな父にしたのだ。
確かに自分の記憶の中にある子供の頃の父はもう少し刺々しかった気がする。
「次のエゼルベシア艦隊との共同作戦の件なのだけど、フィチ殿下が殿下と私が相手方の将官との交渉を仕切るので、父さんとハウェイズは手出し不要と、殿下がおっしゃってたから」
「副長を矢面に立たせないためか」
「そうみたい。立たせたら面倒ごとになりそうだしね」
ラストラ四将はあの『ディオーネ』擱座事件の当事者だ。
禍艦批判を行っていたハウェイズが当の禍艦である『スカアハ』に乗ってることも、免官翌日にベルティナに再仕官したことも、十分彼を非難する材料になり得る。
「確かにハウェイズ下佐は交渉ごとに向かない性格をしているからな。あの生来の青さは憧れるところがあるが、少し難儀にも感じるよ」
「父さんもそう思う?」
「実直な士官だが、あれは両舷直でしか通じないな。少なくとも折衝の得意な将官にはなれんよ」
かくいう私もなれそうにないがね、と父が苦笑する。
父は戦後、将官――巡空艦戦隊指揮官になれる機会はあったが、それを辞退した。
「父さんは将官になれたでしょ」
私の言葉に、父は首を振る。
「ああいうのは咄嗟の政治が出来なくて、冷静でいられない人間には向かないんだよ。どうしても自分の預かるものの重さを感じて躊躇ってしまう人間には将官は荷が重すぎる」
成程、と私は頷く。
父は多分その点で優しすぎて将官に向かないのだ。
咄嗟の政治が苦手だと言うが、父の腹芸の腕は側に立っているだけでも勉強になるほどだ。
要は自分の部下を駒やチップにしての駆け引きの決断が鈍ると言うのが、父が将官を辞退する理由なのだろう。艦長でいれば、最悪将官の命令に従えば良いのだ。
自分を騙して責任の重圧から逃れる酷くずるい考えだが、翻せば適材適所でもある。
出来ないことをして余計な出血を誘うよりは、賢明な判断だ。
「なら私も父さんを守るつもりで殿下と一緒に交渉に当たるわ」
「頼む。私も押しの強いのは苦手なんだ」
うん、と私は首肯する。
父は優しすぎて思慮深いが故に、誰にでも正論を叩きつけるハウェイズと真逆で、中々自らの意見を貫き通すことが出来ないのだろう。
確かにどちらも清濁併せ呑み、決断の責任を自分一人で負う将官には向かない、難儀な性格だ。
だからこそ、私は殿下を補佐する役目を全うするのだ。
フィチ=ケーペンツ=ミルシェルファは二人の両舷直に変わって、肝の据わった、しかし有無を言わせぬ政治交渉をやってのける将であり主君なのだから。
ハウェイズに文句はある。あの擦れた態度は王女の夫として相応しい男とは今も思えない。
しかし同時に、あの男の戦士としての才覚を認め、王女の傍らにいて貰わないと困ると感じてしまう自分もいるのだ。




