第六十一話 その名を継ぐ者
「ラストラ四将と同じ艦隊に組み込まれるのか」
俺は夕食の席でフィチから共同戦線の話を聞かされ、そう溢す。
トマトソース味のオートミールを口に含んで、仄かな酸味と塩味を覚えながら、あのラストラと同じ場に立つのかと考えて少し気が滅入った。
禍艦の後追いを批判したはずが禍艦に乗っていると言う事実を突かれれば痛いし、そうでなくともラストラの中での自分の心証は多分最悪だろう。
なにせあれだけエゼルベシア空中艦隊を啖呵を切って出ていったその翌日に、ベルティナ空中艦隊への移籍を決めているのだ。
免官からたった一日で他国に仕官し、性懲りも無く巡空戦艦に副長として乗っているなど、あの堅物のラストラが知ったら絶対に機嫌を損ねるはずだ。
「大丈夫よ、ユフはチャンスを掴んでるだけなんだから」
「その掴み方とタイミングがな。ラストラ四将はそう言う筋を通すところを気にする人でもあるから、俺みたいに一日で仕官替えした奴には厳しく当たるはずだ」
「それもユフのことを見抜いたわたくしがやったことだもの」
ふん、とフィチは胸を反らして、胸元に手を当てる。
「ラストラ四将が何か言ってきたならば、全てわたくしに任せておけば良いわ。わたくしが矢面に立つのだから」
それはそれで格好が付かないが、ここに俺がいるのもフィチの意向あってこそだし、『スカアハ』を再戦力化したのもまたフィチなのだ。
「それでも、仮にも士官としてそれで良いのかとは思うけどな」
「あら、戦士の夫婦はお互いを補い合うものよ」
「そう言うところが馴れないでいるんだ。エゼルの教育は女性を敬い丁寧に扱えと徹底的に教えられるし、年下に頼るなんて以ての外だからな」
俺の言葉にむう、と頬を膨らませるフィチ。
「ピエリ姉様が言っていた、エゼルの外交官からいつも子供扱いされて馬鹿にされている気分って、こう言うことだったのね。確かに丁寧に扱われてるようには思えるけど、子供扱いされてる気分だわ」
「子供扱いはしてないって」
「そう思ってなくても対等に見ていないってことよ」
フィチは臍を曲げたままいる。
俺は助け船を期待して側で見ていたウェンディの方を見るが、彼女はこほん、と空咳をしてから俺に静かに言う。
「今のはユフ様が悪いです」
ばっさりと切り捨ててくれた。
「と言うよりエゼルの考え方が悪いです。ベルティナでそんな考え方をしていたらご婦人を侮辱していると取られても仕方ないです」
俺の二十八年に渡る人生で教え込まれたマナーが完全に否定された瞬間だった。
「エゼルからしたら野蛮に映るかもしれないけど、わたくしからしたらエゼルの人間の方が馬鹿にしてるようにしか見えないわ。彗州列強の自分たちの文明の押しつけって本当に嫌」
俺に――と言うよりエゼルを含めた彗州各国に腹を立てているフィチ。
まあかくいう俺もアウストムネシア帝国の力と選別の理論を押しつけられ馬鹿扱いされたのなら激昂するだろうが、あそこまででなくても些細なことで野蛮な亜人扱いされている分、フィチも溜まっているのだろう。
「とにかく! ラストラ四将との交渉はわたくしとアルカが全部取り仕切るわ! ユフもキャナダイン艦長も口出しさせないし、ユフの悪口にもこっちが反論するから!」
「……ありがとう」
恐らく悪口ではなく純然たる事実を指摘されるだろうが、この小さな妻が側にいてくれて反論してくれるだけでも十分頼もしい限りだ。
再び勝気な表情を浮かべるフィチだが、キャベツの塩漬けを口に入れ咀嚼した後にふと思い出したように俺に視線を向ける。
「そう言えばユフは昼間どこに行ってたの?」
「ああ、賢竜殿に――」
そこまで言って、しまった。と内心で後悔する。
何の用で賢竜殿など訪れたのかと聞かれたら、上手いごまかしが用意できない。
濃縮竜血のことを聞きに行ったと正直に言えば、フィチはその正体を知りたがるだろうし、俺も答えなければいけなくなる。だがきっと今言うべきでは無いことだ。
『スカアハ』――正確には『エクシステンツ』が人間の血と臓腑を煮詰めた禍血で動いていたなどと知るのは、これからエゼル艦隊との共同作戦に臨むフィチの精神状況を悪くするだけだ。
「ドール・ククラのとこに行ったのね、何の話をしたの?」
「最初は飛空艦の話をしに――だけど途中から竜騎士ユフの話になったんだ」
俺は話を逸らすように、自分の名前のルーツとなった騎士の名を出す。
「竜騎士ユフ……ユフの名前の由来になった人なの?」
「ああ」と俺は上手く話が逸らせたことに安堵しつつ、竜騎士ユフのことを知らないフィチに対して、少し弾んだ気持ちで語り始める。
「エゼルベシア王国がゲリルテ島を支配する前、七国時代って呼ばれた時期のキルマシア王国の英雄だよ。テルドンの戦いで百の矢を避け、それでも人竜ともに全身に矢や槍を食らっても倒れなかったことから、付いた仇名は『不死身のユフ』。最期はのイヴェルの戦いでキルマシア王を守りながら、何百騎を切り結びながら死んだらしい」
「誇るべき英雄の名、それも竜騎士の名を頂いたのね。飛空艦乗りにふさわしい名だわ」
「ハウェイズ家は竜騎士の家系から飛空艦乗りの家系になった家だからな。祖父さんは竜騎士だったのもあって、親父が付けてくれたんだ」
「ドール・ククラはその竜騎士ユフ様を知っていたのですか」
ウェンディが問いかけてきて、フィチも「あ、そう言えば」と口にする。
確かにベルティナの賢竜がエゼルベシアの戦国時代の英雄の話をするというのも変な話だ。
賢竜というのは一つの土地に長く棲む習性があり、一つの土地の過去には詳しいが、他の土地の話は伝聞程度に知ることが多い。
だから本来なら離れた土地の、フィチも知らないような竜騎士の話など知るはずもないだろう。
「彼女は元はキルマシアの賢竜だったらしいからな。知っているどころか、本物のユフとも会ったそうだ」
「そう言えばドール・ククラって遠い昔にエゼルベシア本島から渡ってきた竜と言っていたわね」
そう言うと、フィチの顔がやおらに綻ぶ。
何かあったのかと思った俺は思ったが、フィチはそんな俺に物語を紡ぐように言う。
「なんか素敵な巡り合わせだと思って。ドール・ククラと一緒に戦った竜騎士の名を継ぐ人が、ドール・ククラの血で動く艦でわたくしと共に戦ってくれると言うことが」
ああ、確かにそう言われて見れば。不思議な感覚だ。
「だけど、竜騎士ユフのような最期を遂げることは赦しません。わたくしの隣で天寿を全うすること。いいわね、ユフ」
「……善処するよ」
俺は呟く。
とは言え、飛空艦乗りの最期など悲惨だ。
竜血機関が停止した艦が海や陸地に叩きつけられて船ごと潰れて死ぬか、直撃弾で艦橋ごと消滅するか。
それでもフィチと共に目一杯暴れた挙句に側で共に死のう、と俺は思うのだった。




