第五十九話 禍血の秘密・下
「……良い、ぬしには答えよう」
ドール・ククラは少し柔らかい口調で返した。
「あの血はただ竜血を煮詰めただけではない。神性を与え、賢竜の血に近づける『繋ぎ』がある」
「繋ぎ……」
俺は言葉を詰まらせる。
そんなものが混ぜてあったとは。
「そう、繋ぎよ。それがあるだけで亜竜も危険な賢竜と勘違いし、そして亜竜の身体を再現したパドルでの出力も増す――錬金術師どもはずっと前からその神性を与えるやり方を知っていたが、誰もそれを飛空艦に使おうとはしなかった」
神性を与える。厭な響きだ。
あの禍艦の脈打つようなパドルの雰囲気を思い出してしまうような、そんな厭な感触が言葉の響きから伝わってくる。
俺は恐る恐る、彼女に訊く。
「その繋ぎとは……なんなんだ」
「人の血と人の臓腑よ」
俺の問いに答えたドール・ククラの声は冷たかった。
「人の神性は亜竜と賢竜の狭間にある。竜血の半分ほどの人の血と臓腑を亜竜の血と共に煮詰めれば、亜竜も賢竜と間違うような血の匂いと効力のある血が生まれる――そういうことよ」
「……待ってくれ、竜血の半分の人の血を混ぜるなんて、そうそうできないはずだ」
一般的な重戦艦の竜血タンクはおおよそ大型の亜竜十体分で満杯になる。その半分の人の血と言えば、身体の大きさも含めれば数十人分になるはずだ。
全ての臣民から売血や献血を行ったとしても艦隊を動かせる規模にはならない。それに臓腑などどうやって手に入れる?
そんなの、死体から抜くしかないだろう?
嫌な予感は止まらなくなってきた。
そして俺は新聞で読んだアウストムネシアの戦時法廷の話を思い出してしまう。
戦時捕虜、知恵遅れ、遺伝病の患者……そう言った『弱い、役に立たない』人間をアウストムネシア政府はエデルトルート帝の強い国造りの一環として処分し、死体を焼いていたと言うこと。
「ユフ、恐らくはぬしの思う通りよ」
ドール・ククラの無慈悲な答え合わせの回答が頭上から降ってくる。
「彼奴等、己らの群れの中から『弱い』個体を資源にしておったのよ。皇帝の下した強き彗州に冠たる国を作る礎とするべく、血を流さず臓腑を傷つけぬ方法で個体を殺し、血を抜き、臓腑を抜き、竜血と煮詰めて、一〇〇〇パッセルを越える禍血を作った訳だ」
「待ってくれ、もう言わないで良い」
俺は荒くなりつつある息を必死で整えようとする。
ドール・ククラもそれを察してか、言葉を止めてくれた。
賢竜殿のだだっ広い空間から俺の荒い吐息の反響が消えたのは、それから一分ほどだった。
「……畜生が、人の道を外れてまで強くなってどうする」
俺はそれを決めたアウストムネシア空中艦隊の人間に、エデルトルート帝に、そしてそれを知ってか知らずか着いていったディレンに、軽蔑の混じった言葉を吐き出す。
「……ワシは人の同族殺しがどのような物かはわからん。禁忌と言うには軽すぎ、赦されることにしては重すぎる。ワシらのように己らの打算で生命の奪い合いを禁ずる訳でもなし。賢くあるのか愚かしくあるのかもわからん」
ドール・ククラは呆れたように呟くが、俺もそれ――同族殺しを問われると、少しわからなくなる。
そもそも空中艦隊自体が同族殺しの組織であり、艦隊戦での出世とは即ち同族殺しの腕にかかっているわけだ。
ライケン会戦でも俺自身は攻撃指揮を取っていなかったが、アウストムネシア艦隊の何百人と言う人命を『イレジスティブル』は奪った。
その上『スカアハ』の副長と言う立場で、戦闘の指揮を一手に任されている今、俺は同族殺しは絶対に避けられない立場に居る。
非戦闘員と戦闘員という分け方をすればそれまでだが、畜生は俺も同じなのだろう。まだ一歩、奴らより踏みとどまっているだけで。
「少し難しい謎かけをしてしまったようだな。なに、ワシにも彼奴等のやったことは戦や人の道の外道とわかるくらいの頭はある」
「いや、おかげで自分の立場を再認識できましたよ」
「強がるな。本当は迷っているんじゃろうて」
ドール・ククラの言葉は尤もだった。俺は間違いなく迷っている。きっとそれも顔に出ているのだろう。
「そういう自分を誤魔化さず正直に考えてしまうところもユフの名に相応しいの。あやつ――ワシの知るユフと言う男もそうじゃった」
ユフの名、かつてのキルマシアの賢竜がその名を口にして、俺は反射的に答える。
「まさか貴方、知っているのか? 不死身の竜騎士ユフのことを!」
ああ。とまるで友人の話でもするかのような口調でドール・ククラは言う。
不死身の竜騎士ユフ。俺の名の由来になったキルマシアの伝説の竜騎士。キルマシアの賢竜なら確かに知っていてもおかしくはない。
ぐるる、と少し機嫌を取り戻して喉を鳴らしながら、ドール・ククラは呟く。
「自分も他人も誤魔化せない、不器用で正直な男じゃった。エゼルアルブの元に下れば良いものを、自らを取り立てたキルマシア王に忠を立てて、十数騎を道連れにキルマシアの城や王とともに運命を共にしたのよ。思えばワシが逃げられたのも、奴のおかげじゃ。これは孝行せねばならんかの」
「俺はただ名前をあやかって付けられただけだ。血も繋がっていないからな」
「いや、ぬしのその性格はユフ生き写しじゃ。あの幼顔とは似ても似つかぬがの」
禍血の秘密を語ったときと全く様子の違うドール・ククラを見上げながら、俺はそれでも胸中に渦巻く不穏さを消せずに居た。
この事をフィチに告げるべきだろうか。
いや、と俺は小さく首を横に振る。
いずれ語る日が絶対に来る。その日まで、隠しておく他無いだろう。




