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第五七話 演習・終幕

 反転離脱する『モリガン』を背に、右舷の駆逐艦は勇敢に迫りつつある。


 主砲の砲身が少しだけ上向いて、数秒後に九回目の斉射が『スカアハ』を揺さぶり、網膜に強烈な光の残像を残す。


 榴弾は駆逐艦の直前で弾け、駆逐艦は石灰と粘着剤で見る間にまだらになる。これは撃沈、あるいは撃破判定確実だ。


「だが……」


 左舷の駆逐艦群はまだ対処しきれていない。


 副砲群の射程圏内に潜り込み、猛射によって石灰弾の弾痕が増える左舷の二隻の駆逐艦は、しかしまだ致命傷を負っていない。


 先頭の駆逐艦が『スカアハ』と並行の進路から急転舵する。鳥雷発射管から鳥雷を発射する構えだ。


「防御! 速射砲は近接榴散弾を! 回転式機関銃も鳥雷を狙え!」


 そう叫んだ刹那、ロケットモーターの燃焼炎と共に鳥雷が白い尾を引いて、駆逐艦から『スカアハ』に迫ってくる。


 こうなってはもう伝令が間に合わないだろう。


 せめて副砲群が気づいて対処してくれれば、と願うばかりだ。


 畜生、ここに来て万事休すか。


 俺がそう思った瞬間、『スカアハ』のより上空から黒い影が降り、微かな煌めきが数度瞬いた。


 次の瞬間、鳥雷は真っ二つに折れ、ロケット燃料の誘爆で派手な炎を上げる。


 何が起こったのか。迎撃に成功したのか。


 俺が戸惑いを隠せないままいると、ジャスパーがふん、と上機嫌で鼻を鳴らす。


「ニールめ、良いとこ取って行きやがって」


 ジャスパーが独り言つのを耳にして、俺はあの影がニールの乗ったクラリッサで、鳥雷を彼が速射砲で迎撃したのだと理解できた。


 対鳥雷艇戦闘などでは活躍するものの、索敵が終了し艦隊戦に持ち込んだ瞬間、竜騎兵は無力になるのが常だが、まさか艦に張り付いて鳥雷を狙撃し、艦を守るなどの離れ業をやってくれるとは。


 数百シルケ離れた場所を時速一一〇パーム(二二〇キロメートル)で進む鳥雷を偏差射撃で撃ち落とすなど、通常の竜騎兵なら出来ない。


 ニールの常人離れした腕に酷く感心しつつも、俺は号令を飛ばす。


「面舵一杯! 右舷主機半速まで落とせ! 回頭して『デリンズ』を追う! 両舷の副砲と『ブロッサム』は駆逐艦を雷撃位置まで近づけさせるな! 竜騎兵隊を招集、本艦の援護に当たらせろ!」


 矢継ぎ早の下令に艦橋は大わらわとなる。


 信号弾が発射され、マストには直援艦のうち残った『ブロッサム』に向けての旗旒信号が上げられる。


「第十斉射の弾種はどうしますか」


 砲術士官の問いに、俺は「弾種徹甲」と短く答え、彼もそれに頷く。


 これ以上護衛艦に翻弄されて傷を広げる前に、素早く『デリンズ』を撃沈し離脱すること。ひいては予想される増援が来る前に離脱すること。


 それが『女王』の駒、遊撃打撃部隊たる第十一独立戦隊の取るべき最善の戦法だ。


 完全に回頭が完了し、『デリンズ』の背を追う形となると、「前進、第三戦速」と命じる。


『デリンズ』は機関部破壊の判定を受けてか数十ノットで航行しており、それに寄り添うように左右に二隻の駆逐艦が随伴している。


「横方向に回り込みますか?」


 妖精族の航海士官が聞いてきて、俺は首を縦に振る。


「相手護衛艦と『デリンズ』の鳥雷発射前に叩く。上下部七リーム半(十五センチ)副砲は前方の駆逐艦を攻撃するよう伝えろ」


 了解と復唱すると、艦隊上下の構造物に連なる副砲群に伝える。


 上空に待機する竜騎兵による鳥雷潰しも何度も何度も通じるようには思えない。あれはニールのような腕利きが、好条件だからできたものだろう。


 第三戦速で数十ノットしか出ていない『デリンズ』の後ろに付くと、船足を落とし、第十斉射を伝える。


「これで終わり、ね」


 フィチがぽそりと呟く。そこには勝利を確信した者の余裕が混じっている。


 勿論場末のチンピラや、小物士官のそれではない。


 揺るがない確固たる勝利を予想しつつ、しかしその勝利の前の不確定変数として何が起きても動じないという構えだ。


「命中すればな。そうしたら最大船速で逃げる」


「命中するわ。うちの砲術士は優秀だから」


 そりゃそうだ。ここまで俺は『スカアハ』の砲術の優秀さを何度も見せて貰った。


 自分の命じた無茶な機動下の射撃命令にも応えて、命中弾を見舞ってくれたのは感謝しているほどだ。


 そしてその腕を見せ付けられなかった後部主砲の要員にも謝りたいほどだ。


「『ブロッサム』より、前部主砲と鳥雷発射管全損。しかし最大戦速は発揮可能。着いてこれるとのことです」


「よし、なら良かった。引き続き本艦に続けと命じてくれ」


 やがて『スカアハ』は『デリンズ』と並行になり、にわかに速度を落とす。


 駆逐艦を鳥雷発射位置に近づけないように弾幕が張られており、駆逐艦もこの後のことを考えてなのか、手出しをしない位置を取ったままだった。


「第十斉射、諸元入力。行きます」


 砲術士官の宣告の後に、今日十度目の、雷鳴に似た射撃音が鼓膜を震わせる。


 十八リーム砲弾は艦首をやり過ごした遠弾二発と、『デリンズ』への命中弾二発という結果になった。


 そのいずれもが実弾なら主砲塔基部と機械室を食い破る損害だと見て取れた。


『デリンズ』の主マストに撃沈判定の旗旒信号が上がる前に、俺は淡々と、『スカアハ』のマストに戦域離脱の旗旒信号を上げるよう伝え、竜騎兵隊に着艦命令、機関室へと第四戦速への増速を命じる。


「実際に指揮を取った感想はどうだ、副長」


 ジャスパーの問いかけに、俺は首を横に振る。


「……実に学びの多い演習でした。至らない点ばかりです」


「でもユフの戦闘指揮はとても良かったと思うわ」


「最初の被雷を避けられたならもっとスムーズに勝てたよ。火力投射量が十分なら艦をあんなに危機に追い込まなかった」


「最初の被雷の後は上手くやれていたわ。もっと自分と、『スカアハ』のみんなを信じて頂戴」


 信じる、か。俺は後頭部を掻きながら、遠ざかる戦闘空域を見つめた。


 果たして実際に事が起こったときに上手くやれるのか。


 ディレンのあの不気味な逃亡が、何事もないまま終わるようには俺は思えないでいた。

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