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第五十六話 演習・決闘

『モリガン』の砲口が火を吹く。


 向こうの主砲弾は明らかに接近してくる『スカアハ』を狙って正確な射撃を行ってきて、被害報告が次々に舞い込んでくる。


「艦隊中部副砲破損判定二、右舷第二補機中破判定……これはキツいな」


 主装甲はまだ直撃に堪えているが、装甲外の各部はかなりやられている。


 それに伴って戦闘力もだいぶ削がれている。


 ここは早めにパンチを食らわせて突破しないといけない。


「第五斉射!」


 犬人族の士官が吼える。


 第五斉射。二基の主砲塔が爆炎と共に咆哮すると、今度は夾叉弾を得るどころか『モリガン』の側部、艦首に巨大な白い花が咲いた。


「艦首に命中弾、『モリガン』、速力落ちます!」


「やっぱり懐に飛び込んだ甲斐はあったわね!」


 ぐっ、とフィチが拳を握った。


 クロスレンジに持ち込めば敵艦も対処を迫られる。自艦の主砲でも対処できるような距離まで接近して、より運動エネルギーの高い弾丸を叩き混まれる状況ではもうせこせこと逃げることも出来なくなる。


 フィチの粗忽とも蛮勇とも言える戦術は、しかしこの場では機能していた。


 優秀な牧羊犬相手なら有利な距離から安全を期して手をこまねき続けるよりも、相手の距離に突っ込んででも仕留めた方が得策だと言う彼女の理論は、こと今に置いては明確な結果で現れている。


「第六斉射を急がせろ! そうしないと敵の鳥雷が来るぞ!」


「了解!」


『モリガン』の第三斉射が来る。


 向こうも射撃が正確になってきていて、模擬徹甲弾の弾着に『スカアハ』の艦体そのものも揺さぶられる。


 主装甲はまだ抜けないものの、艦首がまた撃ち抜かれ、右舷下部副砲のうち二基が死んだという報告が入ってくる。


「第六斉射!」


 射撃指揮装置への彼我速度や高度、対気速度や先程の射撃の誤差処理などの諸元を入力し、主砲の仰角を調整して、火薬の爆圧と共に発射された直径一八リームの模擬徹甲砲弾は『モリガン』を目がけて飛んで行く。


 水平よりやや上に発射された砲弾は目にも映らぬ速度で緩い弧を描いて飛び、数瞬後には五パーム半離れた『モリガン』の艦体はまた白く彩られた。


「『モリガン』、前部主砲基部に命中弾! 大破判定!」


「まだ沈まないか……」


 前部主砲塔がやられたなら早く沈んで欲しいものだが、向こうも粘るようだ。


「こちら見張り所! 『サンフラワー』撃沈判定! 相手駆逐隊に抜かれました!」


 畜生、そっちもか。俺は毒づく間もなく下令する。


「左舷にも弾幕張れ! 近づけさせるな!」


 副砲群も急速接近する駆逐艦に気づいたのだろう。それからすぐに左舷からも副砲を発射する音が耳に聞こえてくる。


『モリガン』の後部の残存砲塔が火を吹く。


 指揮装置が壊れて各個射撃になったらしく、先程までの狙いの正確さは無いが、近づき過ぎた『スカアハ』の側部には十分当たる。


「第二煙突基部と短艇置き場に被弾!」


「第七斉射急げ! 『モリガン』を確実に撃沈しろ!」


 砲術士官が斉射を急がせるが、駆逐艦が迫る今、『モリガン』を撃沈し、待避する『デリンズ』の追撃に間に合うのかどうかもわからない。


 だからせめて早く。駆逐艦に致命傷を与えるか、『モリガン』を撃沈するか。せめてどちらかを。


「ユフ、指揮官が焦りを見せちゃだめよ」


 フィチに言われて、俺は無意識に組んだ腕の上で指を叩いていたのに気がついた。


「指揮官は焦っていてもそれを表さないもの。ユフも知っているでしょう」


「……ああ」


 とは言われても、意識的に焦りを押さえ込むことが出来るなど、俺には無理だ。


 フィチは相当にその訓練を積んできたのだろう。


 この一秒を争う状況でも泰然と艦橋に立って、戦場を見渡している。


 第七斉射が艦を揺らし、黒煙が晴れたと同時に窓外に目を向けると、『モリガン』の主機関部に白い百合のような模擬徹甲弾の開いた痕が見えた。


 すぐにするするとマストに旗旒信号が上がる。


「『モリガン』撃沈判定!」


 艦橋がわぁ、と湧き立つ。俺もそこに加わりたかったが、窓外に移るもう一つの懸念に目が行ってしまった。


『モリガン』は撃沈したが、もう一頭の牧羊犬――随伴の駆逐艦はまだ健在だ。


 しかも徐々に舵を切り始めている、雷撃位置に付きつつあるのだ。


 左舷を見ると、こちらでも駆逐艦がなんとか弾幕に食い込んで雷撃位置に着こうとしている。


 しかも後部――こちらの残った主砲の死角に位置取った状態だ。


 両方から近距離で雷撃されれば、『モリガン』の主砲に堪えた『スカアハ』も流石に撃沈にまで追い込まれる。


「第九斉射、弾種榴弾。随伴駆逐艦を狙え!」


 今から主砲を旋回させて左舷の駆逐艦を狙うのはもう無理だ。それならばせめて狙える片方の駆逐艦を狙うだけだ。


 犬人族の砲術士官は俺の声に湧き上がった喜びから醒め、俺の命令を復唱して、前部主砲塔に伝える。


 前部主砲塔はゆっくりと環境を爆圧に巻き込まない旋回範囲の限界まで旋回し、右舷の駆逐艦に狙いを付ける。


「諸元入力次第、第九斉射移れ!」


 両舷の駆逐艦は副砲の斉射を掻い潜りながら、雷撃位置に迫りつつある。


 石灰の模擬弾が艦首や煙突の一部を白く塗るが、それでも駆逐艦にダメージを与えられず、両舷から必殺の鳥雷を抱えた刺客は『スカアハ』を仕留められる位置へと陣取った。

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