第五十五話 演習・駆け引き
「主砲、諸元入力次第斉射! 副砲は護衛駆逐艦を狙え!」
もどかしさの混じった声で俺はそう口にする。
最低限の戦力でしかない四門の主砲で『モリガン』と随伴駆逐艦をなんとかするのは時間がかかりすぎる。
「……艤装の際に鳥雷発射管を外したのはまずったかな」
ジャスパーが軽口混じりでそう口にする。
だが、沈黙の中に本当の後悔が混じっているのが俺にはわかった。
「艦体埋め込み型の鳥雷発射管をそのまま残したら誘爆沈のリスクが高まりました。手数は少なくなりますが、装甲巡空艦や駆逐艦の砲撃で誘爆して戦闘力を失っては何の意味もありませんから、英断ですよ」
「君がそう言ってくれると嬉しいよ」
手数不足で困っている俺の言葉に少し励まされたのか、ジャスパーは窓外の『モリガン』を見つめて、その主砲発砲を見届ける。
「向こうの射撃統制装置は?」
射撃統制装置は戦艦や巡空艦の射撃を司る重要な装置だが、古い艦には搭載されず、昔ながらの測距儀や砲塔からの直接照準による各個射撃で応えているものが多い。
特に射撃統制装置を備えた重戦艦や巡空戦艦の登場以前に建造されていた前世代型戦艦や装甲巡空艦に関しては、改装で搭載されている艦とそうでない艦の両方がある。
「魔女戦争の時に当時でも良いものに替えたよ。『モリガン』はエゼル装甲巡空艦部隊の主力に編入されていたからな」
「なら接近戦に持ち込んだらこちらが不利になるかもしれない」
砲の数は向こうが二倍。命中確率も二倍だ。
先程のラッキーヒットは装填速度は口径が大きい分こちらが若干劣るし、鳥雷の射程内に収まれば護衛の駆逐艦も対応してくるだろう。
接近戦に持ち込まれない距離で撃ち合う。
そして護衛の『ブロッサム』と『サンフラワー』に駆逐艦群を近づけさせないようにする。それ以外無い。
各個照準の七リーム半副砲での駆逐艦撃沈は以前ジャスパーが語ったように難しい。鳥雷発射の位置まで近づけないようにするのが精一杯だ。
そう言っている間にも『モリガン』の主砲が火を吹く。
『スカアハ』を最大限狙った砲撃は、いずれも『スカアハ』に命中せず、唯一至近弾となった砲弾が艦首に白い痕を残した。
「艦首破損判定。速力落ちます」
「増速したと言うことで燃料流量を増やす。そう機関室に伝えろ」
「主砲第三射、斉射します」
三度目の爆炎と爆音。
ニトロと竜胆を原料とする無煙火薬は直径一六リームの砲弾を爆圧で押し上げ、主砲の砲身の旋条で安定性を保ったまま飛び出た石灰と粘着剤の詰まった模擬徹甲弾は、秒速数百パームの速度で敵艦を目がけ、弧を描いて飛翔する。
高度は並行。
敵より上の高度を取れば全ての主砲が仰角を取れ、相手を釣瓶撃ちに出来るが、その分主機関や竜血パドル、舵を危険に晒すリスクが増える。
敵より下の高度を取れば少なくとも竜血パドルや主艦橋を危険に晒さずに済むが、下部の主砲が使い物にならず、上部主砲も大仰角を取らなければ攻撃が容易ではなくなる。
結局並行高度での戦闘が一番オーソドックスに事を勧められるのだ。
『モリガン』の側面を殴りつけるように発射された徹甲弾は、近弾や遠弾となって彼女の周辺を掠める。
やはり先程のはラッキーヒットで、これが現実の命中率ということか。
「諸元調整次第、第四射急げ!」
砲術科の犬人族の士官が俺の替わりに吼えてくれる。
第四射。再び戦闘艦橋の窓外に橙色の閃光と雷雲の様な爆炎が翻ったが、これもまた命中射どころか夾叉にすら持ち込めなかった。
その間に『モリガン』も主砲を斉射したが、こちらも先程と違って命中弾を得られなかった。
「主砲塔二基だとやっぱり命中射がでにくいわね」
フィチが親指を口元に持っていきながら、もどかしそうに。
「多分それだけではないですよ。相手もなかなか命中射を与えないように粘っているように見えます」
ジャスパーが口を開いた。
「小刻みに舵の動翼が動いている。あれで主砲の統制射撃の未来位置を狂わせてるんですよ」
「でも、それでは自分も射撃が当たらなくなるのでは――」
あ、とフィチは声をあげる。
「つまり最初から命中射を期待せず、『デリンズ』を逃がし、駆逐艦に叩かせるための時間稼ぎを目論んでいると?」
「ええ。咄嗟に思いついたにしては用意周到なことで。『スカアハ』の有利な距離で撃破されない状況を維持することで、『スカアハ』の武器を封じているんですよ」
「槍戦士の隙の多さを生かして攻撃を掻い潜り、時間を稼ぐ剣戦士のようなものね」
フィチは口元に立てた親指で唇を拭うと、「なら」と声を大にする。
「もっと近い間合いに踏み込むだけよ。それなら主砲諸元も狂いにくくなる」
「相手の命中射が命取りにもなりますよ。鳥雷も飛んでくる」
俺が忠告するようにフィチに語る。
「同じ負けなら、万全のまま敵の術中に嵌まって負けるより、多くの敵の首級を上げて負ける方が良いわ」
「そう言うと思っていました」
そう小さく呟くと、俺は「面舵十五、主機・補機・竜血機関は第三戦速。『モリガン』に接近しこれを叩く。副砲群は駆逐艦を集中的に狙え」と下令する。
「ハウェイズ、お前も段々フィチ殿下のお考えががわかってきたじゃないか」
アルカの皮肉交じりの褒め言葉に、俺は顎で頷いて返す。
『モリガン』の萌葱色の艦体が徐々に視界の中に収まってくる。
そして、その砲口がこちらを向き、狙いを定めているのも、己の眼で十分すぎるほどに確認できた。




