第五十二話 演習・襲撃と迎撃
「聴音! 正確な位置を割り出せ! 主砲は敵戦隊を捉えろ!」
フィチの命令が戦闘橋下の前部聴音室に伝えられた後、暫くして聴音機室からの連絡が入る。
「『一時二十分の方角、距離遠。敵艦らしき複数の竜血機関音あり』とのことです」
「そのまま進みましょう。左舷の『サンフラワー』に警戒を任せるよう知らせて」
「右舷副砲塔には?」
俺が訊く。フィチはそれにぴしゃりと答えた。
「勿論迎撃準備を行わせて。主砲塔も必要ならば発射用意」
了解《アイ、アイ》。俺はそう呟いてから、「右舷副砲群、二番・三番・四番主砲に発射準備態勢。目標、右舷雲中の敵駆逐艦」と伝える。
『スカアハ』の砲配置は下舷に偏っていることもあってか、下を取れば強い。雲中からの攻撃はどうしても下からの高度を取った射撃になりがちなので、主砲の俯角を付けて狙えば一掃出来る。
ただ演習弾の規定があるために、無駄打ちは出来ない。
射撃は最低限で最大限の抗力を求めなければ、この後主力艦隊との砲戦になったときに打ち負ける。主砲の口径ではこちらが勝っているが、こちらは火力を担当する艦は単艦だ。
弾が切れて護衛の駆逐艦に突っ込ませて鳥雷を撃ってこいなんて命ずるのは下の下だ。『スカアハ』の存在を見せ付ける演習なのだから、誇らしくらしく振る舞わなければ意味が無い。
さあ、どうなるか。
「聴音室より。『竜血機関音更に強くなる。駆逐艦複数隻が潜伏している』とのことです」
「よし、聴音切れと命令」
「了解《アイ、アイ》」
聴音機で主砲と副砲の爆炎を拡張されて、ベテランの聴音手の耳をおかしくされてはたまらない。
砲の発射前や敵からの攻撃が予想されるときは聴音を切らせるのが鉄の掟だ。
待ち伏せ攻撃を探るために限界まで調音して耳を潰した聴音手は魔女戦争中に居たが、たかが演習でそれをやっても美談どころか嘲笑にもならない。
「『ブロッサム』『サンフラワー』に独自の回避運動を許可するわ」
「よし、旗旒信号掲げ」
フィチの下令を受けてジャスパーが言うと、旗旒信号係が駆けてゆく。
旗旒信号が上がりきったと報告があった後に、俺が硝子張りの戦闘艦橋の窓から右舷の雲海の中に目を凝らすと、雲海の中にそれらしき影を視認した。
晴れているからか雲の中に潜んだ影はよく見える。
それでも雲の外で悠長に同じ高度で飛んでいるよりはずっと視認性は低い。
俺の肉眼でも捉えられる距離まで視認出来ない位置は、飛空艦にとっては完全に交戦距離内だ。
「雷跡発見! 三本! 二時の方角より別位置から、射角二〇から三〇で本艦と『サンフラワー』に向かって真っ直ぐ!」
早速か。俺は反射的に拳を握る。
ニトロと竜血の混合燃料を燃やす噴射炎と白く糸を引く雷跡はすぐに俺の目からも視認できた。
細長い胴体とそこから四方に伸びた安定舵を持つ三本の鳥雷は、真っ直ぐにこちらへの機動を取っている。
「下げ舵一〇! 取り舵三〇! 『ブロッサム』への衝突を避けつつ回避!」
俺の指揮の通りに舵が切られ、『スカアハ』は左舷側に傾きながら頭から降下してゆく。
縦に細長く巨大なために舵の効きにくい巡空戦艦も、スピードが乗ると舵利きは途端に良くなる。
幸いにして『スカアハ』は舵の効きに変な癖が無いためにすんなりとダイブできた。
手すりにしがみ付きながら外を見ると、二本の鳥雷は二番煙突と内火艇置き場の先をやり過ごし、『サンフラワー』を狙ったもう一本も急上昇した『サンフラワー』を捉えられずに派手な白煙を空に引いて行ったのだった。
「命中無しです!」
「よし! 下げ舵戻せ! 面舵三〇! 航路戻せ!」
俺の号令とともにスカアハの降下は止まり、雲と同じ高度でスカアハは徐々に元の航路に戻ってゆく。
「右舷副砲群、鳥雷発射点を斉射! 主砲も諸元入力次第斉射しろ!」
胸を撫で下ろす間もなく俺は下令する。もたもたしていると二射目の鳥雷が来る。
ジャスパーには命中精度で難を付けられた各個照準の副砲だが、こういう時の即応性は統制型の主砲よりも強い。
主砲の諸元入力まで弾幕を張って相手を慌てさせるには十分だ。
「『サンフラワー』にも本艦後方から攻撃に加わるように指示! 『ブロッサム』は左舷の見張りを強化せよ!」
フィチの下令を伝令兵が通信室への伝声管に叫ぶと同時に、どん、どん、と右舷各部の副砲が発射煙を上げる。
前を見ると、上部の一番主砲も右舷に旋回を始めていた。
榴弾のように弾ける仕組みが施された凝固石灰の模擬弾は当たったところで大したことにはならない。
ただ雲の中では水分によって石灰が半端に粘り、べっとりと白い痕がついて見栄えが悪くなるのが少しばかり災難だろう。
恨むなら雲中からの待ち伏せ雷撃を命じた指揮官を恨んで欲しい。
「主砲諸元入力、完了しました」
「よし、主砲交互打ち方始め!」
「主砲、交互打ち方始め!」
下令からすぐ、主砲塔が片側の砲をもたげて、もう片側の砲はその砲身を傾げた。
そして、戦闘艦橋の窓は雷のような閃光と爆炎に包まれ、鼓膜どころか臓腑まで響くような轟音が俺を、戦闘艦橋を襲う。
体中が震え、耳が遠くなるような間隔が走る。
圧倒的な暴力の顕現に、体が震え始める。
これが巡空戦艦の主砲の威力だ。




