第四十九話 就役の日。艦橋にて
「挨拶回りは済んだかい? 副長」
「はい、艦長」
やっと主艦橋に戻ってくると、艤装長から晴れて『スカアハ』の初代艦長となったジャスパーがふにゃりとした様子で返してくれる。
掴み所に欠ける彼の調子にもだいぶ馴れたが、娘であるアルカの方が感情が表に出てわかりやすいと思うくらいには、彼はなんともわかりにくい人物だ。
柔和すぎるのも考え物だと思ってもしまうが、彼が柔和さと腰の低さ、そして有事にはその不安を打ち消す指揮官としての胆力を兼ね備え、その人徳の高さで艦を纏め上げてきたのは間違いない。
正しさを押してしまいがちな『ユフ坊ちゃん』が、副長として存分に戦闘指揮を振る舞えるのもジャスパーあってのことだ。
「どこでも歓迎されましたよ。小官は『禍艦』の手綱を握るに相応しいと……例の怪通信のことで、逆に信頼されてしまいました」
「それは私も同感だ」
ジャスパーも月桂樹の飾りの付いた制帽の下で、彫りの深い瞼に笑みを浮かべながら頷く。
「君は優れた戦術指揮官になれるが、政治的野心や思想が薄い。上佐か少将、飛空艦艦長か戦隊指揮官止まりの男だ」
「それは貶されているのでしょうか」
俺の冗談っぽい皮肉に、まさか、とジャスパーはどこか嬉しそうに返す。
「面倒ごとを前にしても自分を曲げない頑固さや、思想よりも指揮官としての責務や誠実さを優先させる態度は艦と乗員には心強い限りだし、駒とする側だってその役割を全うしてくれると最大の信頼を置けると言うことだ」
駒とする側――フィチやアマーリア大将、そしてルシェリス女王――がその役割を全うしてくれると信頼して動かせる。それは確かにこの上ない美点だ。
アガート=ラストラ四等将官が『ディオーネ』を任せられたのも、駒を置く側が『ディオーネ』の力を振るえると信じたからだ。
そもそも『ディオーネ』が屈折した政治の産物でなかったならば、ラストラはその使命を全うしただろう。
「巡空戦艦は戦場では『女王』の駒だ。機動力と火力で敵艦を蹴散らせるが、防御に向かず、重戦艦部隊や大部隊と遭遇すればひとたまりも無い。防護の厚い『スカアハ』でもそれは同じだ。大駒故に任せるものを間違えば取り返しが付かなくなる」
「それを任せられると言うことは、信頼される指揮官であり、信頼される駒であると言うこと……ですかね。艦長」
「ええ、そうよ」
ジャスパーが口を開く前に、高く、アルモニカに似た澄んだ声が俺の言葉を肯定する。
「貴方は私の最も信頼できる槍として、伴侶として、キャナダイン上佐と共にこの『スカアハ』を指揮して欲しい。盤に向かうわたくしは少なくともそう思っているわ」
そこにはアルカを伴ったフィチの姿があった。
家を出るときから着用していた特将の階級章を付けた演舞装束を身に纏った彼女は、鋭い針を持つ蜂を模した銀の胸飾りを大きく開けた胸の上に付け、新緑色のジャケットの尾を翻しながら歩いてくると、提督席の前で立ち止まった。
「艦隊本部にて就役の正式な手続きを得ました。これでこの艦は正式にベルティナ空中艦隊第十一独立戦隊の旗艦として、わたくしの麾下に入りましたわ」
そう言ってフィチは箔押しされ、艦隊本部長官の署名の入った辞令を見せる。
「艦長、出港手続きは?」
「既に出ております。十二分後の一一〇五、『ダン・スカー』を離れてラダナイヤ上空で『ブロッサム』『サンフラワー』と合流。その後北北西の演習空域へ向かいます」
「わたくしが指揮を存分に振るえるかしら」
「ええ。今まで私と副長が教えてきた甲斐がありますとも」
この演習は彼女の座学で学んだことを見せる場でもあるのだ。だからこそフィチも自信満々なのだろう。
本当に現金な王女様だ。
「ハウェイズ」
アルカが俺に囁く。
「殿下にもしものことがある時は全て私が対処する。お前は指揮に専念しろ」
アルカの真剣さに、俺は軽口を叩くことも無くこくりと頷く。
「命尽きても槍を手放すなと言うことか」
「その通りだ」
「ユフ。これはわたくしの意向よ。覚えておいて」
そこにフィチも割り込んできた。
いつになく硬い声に、俺は彼女の覚悟を感じるのだった。




