第四十八話 就役の日・飛竜房にて
飛竜房に続く扉を開けると、生物と鉱物油の匂いが混じった独特の匂いが俺の鼻孔をくすぐった。艦隊暮らしは長いが、未だにこの匂いには少し身構えてしまう。
たった数日、房内に飛竜と武装を積み込んだだけでこんなにも匂いが変わるものなのかと言う感想を抱きながら、ベルティナの固有種らしき赤銅鱗の飛竜を見上げる。
二〇シルケはあるだろう後ろ角の長い飛竜たちは俺に対して興味の眼差しを向け、中には喉を鳴らすものも居る。
飛竜は馬に近い人の意を汲むことのできる賢い生き物だと昔祖父が言っていたが、確かにこの飛竜たちは俺に対しては友好的な様子をとっていてくれるようだった。
「やあ、副長」
革の飛行着を着込んだニールが対鳥雷艇用の速射砲の側で俺を呼ぶ。
その声につられるように他の竜騎兵たちや武装の整備員、飛竜の厩務員も飛行着姿のまま俺に敬礼をし、竜たちまで俺に首をもたげる。
「いや、楽にしててくれ。ちょっと本飛行前に君たちの様子を見に来ただけだ」
「そうは言われても、楽に出来ないのですよ。貴方は副長であると同時に、フィチ殿下の夫なのですから」
年を取った獣精族のくしゃりとした笑みで冗談っぽく答えるニール。
そう言う立場なのはわかるが、ニールは絶対に別の魂胆で言っているのだろう。
「竜は艦に馴れてくれてるか?」
「そりゃあもう。ドール・ククラの血を感じて安心しきってますよ」
「それは良かった。牙を剥かれたらたまらない」
「濃縮竜血の艦のままなら確実に怯えていたでしょうな」
ニールが冗談っぽく皮肉を飛ばしたかと思うと、真剣な口調で語り出す。
「戦後にアウストムネシアの艦載飛竜を一度だけ見たことがありますが、皆気が立って、怯えきっていましたよ。アウストムネシアの濃縮竜血って言うのは飛竜にも酷いプレッシャーを与えるみたいです」
「……竜騎兵にとっては濃縮竜血の艦は有り難くないってことだな」
「ええ。『スカアハ』のように賢竜の血で飛ばすならともかく、私もクラリッサをあんな目には合わせたくないですよ」
額に白い鱗が混じり、後ろ角の折れた部分に胴細工の冠を入れた飛竜を見上げるニール。後ろ脚の前方に少し膨らんだ乳房があるのは、子を産んだ経験のある牝の証だ。
ニール=ジェルカナの愛竜であるベルティナ牝竜はくるる、と喉を鳴らしながら、ニールと俺を見下ろす。
彼女がこの艦の最後の盾にもなり、一番槍にもなるのだ。
信頼を築かなければならないと思ってなんとなく手を振ってみせると、クラリッサは目を細めた。
「副長、あんまりクラリッサに懐かれるとフィチ殿下に焼餅を焼かれますよ」
竜騎兵の一人がヤジを飛ばし、瞬間、どっと湧き上がる房内。俺は苦笑しながら「それは御免被るな」と返す。
気づけば飛竜たちも竜騎兵につられて嬉しそうに喉をならしている。
俺はまだ盛り上がっている竜騎兵の間から覗く竜鞍、機砲や速射砲、重槍や重斧に目をやる。
そのどれもが鈍い光を放って、飛竜の背に預けられる時を待っている。
飛竜房の天井のクレーンも、厩務員や整備員たちも、それらを飛竜に預ける時を待っていた。
きっと『スカアハ』竜騎兵隊はきっとすぐに有事に遭遇しても問題ないだろう。
そしてニールは俺に近づいて、ぼそりと呟く。
「ハウェイズ家は竜騎兵の家系と聞きましたが、やはり竜は馴れているようですね」
「小官自身は飛空艦一筋で、実際に手綱を握ったことはありません。ただ祖父母の話を聴いていると竜のことを自然と覚えてしまいました」
「貴方がエゼル空中艦隊を追いやられることになった事案で、飛竜を刺激しないように航行した方が良いと助言したことを知った時から、私は貴方が竜のことも艦のことも考えられる人物だと思っています」
そしてニールは俺の顔を見上げて、呟いた。
「だからこそ貴方は濃縮竜血を使うような愚を犯さない。ジャス――キャナダイン艦長同様にこの『禍艦』と呼ばれた艦を真に率いる資格があるのだと私は考えている」
「褒めても何も出ないですよ。貴方ほどの伝説の竜騎兵に褒められるのは嫌ではありませんが」
「少なくとも貴方と言う懸命な飛空艦乗りを繋ぎ止められましょう」
俺は苦笑と共に「懸命でしょうかね」と返した。
先程のレッチュの忠告を思い出し、そしてニールの言葉を受け止めて、改めて心中で言葉を紡ぐ。
ディレン一佐、貴方の誘いには乗れません。
俺は貴方の示す道より遙かに俺らしく生きられる道を示されて、今その道を歩んでいるのですから。




