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第四十七話 就役の日・機関長の忠告

『スカアハ』の艤装が終わり、就役日がやって来ると俄に『ダン・スカー』の内部も忙しくなる。


 工員がいなくなった替わりに先の緊急出撃で乗らなかった主計兵や鳥雷兵、竜騎兵も艦に乗り、飛竜も積み込まれ、艦は今にも出撃の様相を呈していた。


 フィチは出撃を前にしてジャスパーの講義を聞いており、俺はと言えば機関区に降りてレッチュに顔を合わせていた。


「機関の調子はどうだ?」


「良いよ、副長。燃焼函もパドルも賢竜の血が合ってるのか、抑えて燃やしてもまだ余裕がある」


「と言う事はドール・ククラに血を分けてもらうのはまだ先か」


「あの賢竜から頻繁に血をもらっては向こうも困るだろうからな。戦わん限り経済運転だ」


 そりゃそうだ、と俺は笑って返す。


「先日は無理に起動させてすまん。ボイラーの寿命を縮めたろう」


「なんの。あの程度本来アウストムネシア時代に経験していたことだよ」


 レッチュは塔のように聳え立つ巨大な蒸気機関を見上げて、呟く。


「『エクシステンツ』は建造が遅れてライケン会戦に間に合わなかったんだ。戦争後期に就役してやっと最後の帝都決戦に駆り出される予定だったが、その前にエデルトルート皇帝が崩御して、ナグヴィッツ元帥の指揮する主力艦隊もどこかに消えた。取り残されたのは練度もままならない新鋭艦と旧式艦だけだった」


「そしてほぼ新古品のまま『スカアハ』と名を変えた訳か」


「そしてこの前の出撃がこの艦の初陣だった訳だ」


 レッチュが付け加える。


 薄暗い機関室ではごうごうと蒸気供給パイプに高圧蒸気が送り出されている音が響いている。


 流血燃焼函もまた血の通った音を立てていて、俺やレッチュにいつでも飛び立つことはできると訴えているようだった。


 それを確認しただけでも収穫だった俺は機関室を後にしようとするが、レッチュは「ああ、待ってくれ」と俺を止める。


 どうしたのか、そう思って振り向いた先のレッチュの顔は何故か硬かった。


「この前の出撃の時の怪通信、あれは気をつけた方が良い」


 レッチュの耳にもあの怪通信が届いていた、と言うことはきっとこの艦の主要な人物の耳には届いているのだろうか。


 全く以て迷惑な話だ。俺はあんな通信を寄越したディレンを改めて恨みたくなった。


「自分でもそう思ってるよ。離反者の仲間にされたかないからな」


「違う、それだけじゃない」


 レッチュの顔は余計に険しくなる。


「あんた宛てのものの一個前の通信。あの言い草は皇帝主義者カイゼリンテゥムのものだ」


 彼の口にした聞き慣れない言葉に、俺は「皇帝主義者カイゼリンテゥム?」と鸚鵡おうむ返す。


「エデルトルート帝の信奉者だよ。ライケン会戦や帝都決戦前にナグヴィッツ元帥が同じようなことを檄文で飛ばしていたのをよく覚えてる。あの人は皇帝崇拝の最先鋒だった」


 レッチュの言葉の意味がやっと理解できて、俺は頭から血の気が引く思いがした。


 そんな通信を送られれば、確かにピエリや外務省、空中艦隊庁の連中は警戒するだろう。


 アウストムネシア皇帝派のような言動をした離反者がわざわざ通信を充てた相手など、俺自身だって警戒してしまう。


 なんなら『スカアハ』艦内でも警戒されているのかもしれない。


「……まあ、俺はあんたが皇帝主義者だとは思わんがな。あんたはまだ人間らしすぎる」


「どう言う意味だ?」


「アウストムネシア空中艦隊は皇帝主義者の巣窟だったが、どいつも皇帝の威光に目が眩んで、異様な色をしていた。あんたにはそれがない。俺には隠してたってわかるさ」


「どうしてそこまで言い切れるんだ」


 同じアウストムネシア人だとしても、己を偽るのに長けた人間もいる。それでもレッチュは見分けられると言うのはおかしな話だ。


 それに対してレッチュははぁ、と小さく溜息を吐いて、答える。


「濃縮流血を扱う科員は皆皇帝主義者だった。あいつらは言葉の端々からもエデルトルート帝は神を凌駕するだとか、人間は適切に管理されるべきだとか、そういうが伝わるんだ」


「思ってた以上に酷い理由だったよ」


「俺だってそう思うよ。何にせよあんたはフィチ殿下に救われたと思った方が良い。そうじゃないとディレンとか言う佐官の言われるがまま、皇帝主義者の仲間に入ってた」


 レッチュの言葉は重く、肺腑の中にずしりとのし掛かる。


 もしフィチが俺を尋ねてこなかったら。フィチよりディレンの方が先に俺に接触していたら。そう思うと、恐ろしさが増してくる。

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