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第四十六話 離反の謎

「と言うことで、エゼルとの国際問題に発展すると思ったことで現地判断で射撃許可を出さず、艦を素通りさせてしまいました。この叱責は如何なる形でもお受け致します」


「キャナダイン上佐、ミルシェルファ特将。君たちの判断は軍人としては誤っていると思いますが、外交上は間違っては居なかったです」


 ベルティナ外務省、外務卿補執務室。


 白のジャケット姿の妖精族の女が銀色の髪を光に梳かせながら、軍服姿のジャスパーとフィチの間を歩いている。俺はそれを一歩下がって眺めていた。


 ピエリ=フィンベイト=ミルシェルファ外務卿補。フィチの長姉はフィチとは何もかもが正反対だ。


 髪の色も、切れ長の黒い目も、冷徹で実務的な態度で本心をできるだけ漏らさないように務めているところも、良くも悪くも感情的で末妹のフィチと同じ姉妹なのかと疑いたくなるところだ。


「実際不明艦をヴィオナ湾で警告砲撃以上の攻撃を加えていれば、我々は一つの戦争の戦端を開いていたかもしれないのですから」


「しかし、悪質行為には変わりなかったでしょう」


 ジャスパーがそう問う。


「結果としてあちらが宣言通りに攻撃を加えなかっただけで、勧告が虚偽で攻撃を行っていれば市民に被害が出ていた。これはエゼルに厳重抗議を行うべきです」


「既に行っています。ですがエゼル空中艦隊庁はこの事についてはあまり表に出したくないとのことで、『シャムロック』及び『スカアハ』等の当夜の行動も臨時訓練航行と言う形で片付けさせてもらいました」


 ピエリの不動の表情に、見る見るうちにフィチの眉間に皺が寄る。


 それは俺も同じ気持ちだったが、一方で俺はこれは相当裏があるなとも考えていた。


 常に律儀に国際法を守り、規範としての役割を果たすことを是とするエゼルベシア空中艦隊庁が事を有耶無耶にしてきたいと言うのは、何か大きな理由がある。


 俺はフィチの後ろから「すみません」と声をあげる。


「どうぞ。ハウェイズ=ミルシェルファ下佐」


「ハウェイズで大丈夫です、外務卿補。失礼ながらお訊ねします」


 はい、とピエリ。


「あまり表に出したくない、と言うことでしたが、外務卿補はその理由をお知りになっておられるのですか?」


 ピエリはややあって「ええ」と漏らす。


「互いの外交上の情報共有にあたって必要な事でしたので。ですが先方の要望であくまで外務卿と私、そして女王陛下の間で留めて欲しいとの事でした」


「少なくとも現場要員は知る必要の無いこと、と言うことですね」


「その通りです。ハウェイズ下佐」


 わかりました、と俺は一度了承したふりをして、再び口を開く。


「しかし、小官宛てに不明艦から届いた怪通信は如何にしましょう。あれは報告に上げたとおり『スカアハ』の通信科と艦橋要員には既に内容が知れ渡ってしまっています。このままでは艦内の不和を生みます」


「それは貴方たちで処理してください。あの怪通信と貴方の存在で困っているのはこちらも同様なのです」


「それは大変ご迷惑をおかけしています」


 今度こそ引き下がった俺に、ピエリは「この件は何かあれば追って知らせます」とだけ残して、俺たちを下がらせる。


 樫の厚い扉を閉め、廊下に出た途端にフィチは低く唸るように呟く。


「何なの、ピエリ姉様ったら。いきなり呼び出したと思ったらあんなことだけ告げて、肝心の説明も無しなんて」


 わかりやすくむくれながら廊下を歩いて行くフィチに、俺とジャスパーはついて行く。


「そうは言っても、フィチも薄々勘づいていただろう」


 俺はそう言う。


 フィチの洞察力を以てすれば、ピエリの言外の意図などすぐに気づいただろう。


「それはわかるけど、もっと直接言って欲しかったの。血を流しかねなかったのはわたくしたちだと言うのに、無責任すぎるわ」


「そりゃ外務省からすれば空中艦隊は外交上の手札の一枚でしかないからな。特に『スカアハ』は戦時ならともかく平時では切り時も難しい鬼札だ。慎重にならざるを得ない」


「それでもねぎらいの一言でも欲しかったわ」


「そちらはアマーリア大将に内々に頼みましょう」


 ジャスパーはルシェリスの姉であり、空中艦隊を事実上支配する艦隊長官の名を出す。


 俺も何度かその姿を見たが、艦馴れしてはいるが、しかし両舷直ワッチ・トゥ・ワッチにありがちな荒々しさやがさつな感じは無く、スマートな雰囲気を醸し出す女性だった。


 アマーリアのねぎらいの言葉ならばピエリのそれよりも格段に乗員たちも喜ぶだろう。


 しかし、と俺は思う。


 ピエリのあの言外の態度で、エゼルベシアはあの不明艦の航行そのものを隠したがっていると言うことはわかった。


 その理由は恐らく察せる。あの怪通信こそがその証だ。


 極めて政治的な理由による離反行為。


 それがエゼルベシアに対する革命行為なのか、はたまた新国家の独立なのか。


 そこまではわからないが、少なくともディレン一佐は現状の彗州情勢に不満を持ち、政治的な理由による離反行為を企てた。


 そしてベルティナ上空を飛んだのはベルティナとエゼルベシアへの示威行為だろう。


 エゼルベシアは離反行為を内外に知られたくないがために、箝口令を敷いている。


 どう言う政治意図があったのかをエゼルベシア空中艦隊や外務省だけでなくピエリも掴んでいるのかもしれないが、それは現状口にするのは憚られると言うことなのだろう。


 いずれにせよ、この先厄介なことになるのだろう。


「ユフ、もっと楽になっていいのよ」


 フィチが柔らかな口調で言う。


「何が起こるかはわからない。だけど何が起こってもわたくしたちは切り抜けてみせるわ」


 フィチの根拠の無い励ましの言葉が、しかし心強かった。

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