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第四十五話 聖蹟演舞・観覧席にて

「なんともまあ、息が合っていて微笑ましい演舞でしたね」


「陛下にはそう見えるのですか」


 演舞台を見下ろす王族観覧席。女王ルシェリスの隣で、銀髪の妖精族の女性がぽつりと溢す。


「ええ、ピエリもそんな顔をせずに楽しめば良いのに」


「楽しめません」


 ルシェリスの長女、ピエリ=フィンベイト=ミルシェルファはぴしゃりと口にする。


 彼女は沸き立つ観衆の声すら鬱陶しそうに目を細めて、演舞台を見回した。


「フィチや観衆はこのロマン溢れる演舞の伝統を楽しんでいるのでしょうが、全く文明的ではありません。このような行い、彗州各国では奇習のように見られます」


 現にもう一つの観覧席にいる賓客――各国大使には顔を顰めるものも幾らも居る。


「亜人の国に人間の国の感覚を持ち込んでも野暮なものよ」


「そうやって国際化を拒むのは頑迷そのものです。そうやって我が国は笑い物になって行くのですよ」


 ルシェリスは口の端を少しだけ上げて、彼女の神経質そうな眼差しと、彼女の最初の夫と同じ黒色の瞳を見上げる。


「ピエリ、貴女は賢いわね」


「いきなり何を仰いますか、陛下」


 ピエリの声は若干苛立っていた。


 母親の発した言葉は本当に自分を褒めているのでは無いと、察していたからだ。


 そして案の定、ルシェリスが発した言葉は否定の言葉から始まっていた。


「でも、その賢さ故に貴女は焦りすぎ、民を見ず諸国の大使たちやその後ろにいる存在の顔色ばかり伺うことが多いわ。貴女が国を治める者を目指すならば民を見なさい」


「民は盲目で頑迷です。正しく知恵あるものが導かないといけません。民を喜ばせるのも良いですが、そればかりにかまけていては国は衆愚と旧い慣習の中に沈みます」


「彗州のインテリゲンチァの本から引いてきたの?」


「私の持論です」


 ルシェリスの少し冷たくなった声に対して、ピエリは目を細めて答える。


 この母は何を考えているのだろう。


 ピエリは時にそう思う。


 彗州戦乱の際には真っ先にエゼルに対して軍を送ったというのに、彗州諸国の打ち出す秩序に従うことをよしとせず、前時代的な妖精族の蛮習にも拘り、あまつさえ蛮習を守りベルティナ独立を謳い彗州秩序を破壊しようとする愚妹にまで手を貸している。


 あの『スカアハ』――伝説の妖精の戦姫の名を付けた禍艦の保有を認め、各国に保有を宣言したのは母ルシェリスだ。


 艦隊戦略として本国艦隊の守りの一端を担わせるのを見据えて大型艦の譲渡を決めたのはエゼルの方だが、禍艦の保有を条件として引き出し、ドール・ククラに協力を依頼し、かつそれをフィチに与えたのは何を考えてのことだろう。


 あの艦は保有するだけで彗州世界に多大な影響を与える艦だ。

 それを亜人の国が保有を貫き通し、戦力化して、フィチのような近代秩序を軽んじて守旧的な風習を『ベルティナの奪われた心』などと称して今さら復活させようとする者に渡すなど、狂気の沙汰としか思えない。


 そう、何を考えているかわからない――。


 そう思った瞬間、ピエリの頬が唐突に何かに突かれる。


 突然のことにピエリは「うぁ」と思わず声をあげてしまう。


 突かれた方向を見ると意味深な笑みを浮かべたルシェリスがピエリの頬に指を当てていた。


「貴女はもうちょっと柔軟に、フィチを見て自分の頭で考えた方が良いわ。彗州列国の頭でっかち共は自分の理想にしか合わない理屈とルールだけを押しつけてくるだけですもの。それ全てに合わせるのは無理な話よ」


 ルシェリスは先程と打って変わって硬質な口調でピエリに言う。


  ピエリは眉根に皺を寄せ、ルシェリスに対してこくりと頷く。


 そんなことはわかっている。


 彗州列国の羽無し(ヒュム)が自分たちだけを基準にした進歩的ルールを押しつけているのも、それが亜人の国と相性が悪いことも。


 だがそれでもこの世界のルールを作っているのは向こうだ。合わせなくてはいけないのはこちらなのは変わらないのだ。


 フィチがそれを打ち破ろうとしても、ルールブレイカーとして彗州世界に忌まれるだけなのだ。

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