第四十四話 聖蹟演舞・下
大聖堂の薔薇窓に嵌まった聖エリエルと幾多の槍を持つ妖精族たちのステンドグラスがキラキラと舞台の周りにも光を散らす。
刺突剣はふわりと動いたかと思うと矢のような鋭い突きを放ち、それに対してサーベルは上段、下段と大振りで力の籠もった攻撃を繰り出す。
跳び上がり、上空でくるりと縦に一回転して勢いを付けて襲いかかってくるフィチを、俺は拳銃で打ち、そして刺突剣の先をサーベルで受け流して払う。
それを二、三度繰り返していると、湧き上がる歓声も段々馴れてきたのか収まってくる。
もう少し捻りを加えてみるか、そろそろフィニッシュと行くか。俺はフィチと視線を合わせて、どうするかと眼を細め、問う。
フィチはそれに口の端を少し吊り上げて答えた。
これはもうちょっとだけ付き合え、と言う合図だ。
俺は小さく頷くと、再び腕を交差させて拳銃を構える。
フィチは案の定舞台を踏みきって、跳び上がった。
「――っ!」
俺は拳銃を構えたまま、ぱぁん、ぱぁんと続けて二発打つ。それをフィチはより高く跳んで躱す。
輪胴弾倉の中の弾丸を打ち尽くした拳銃を舞台上に捨て、俺は両手でサーベルを構えた。
跳び上がったままフィチは羽根を使って舞台の上を飛ぶ。
蜂蜜色の髪束と金色のリボンは風を孕んではためき、空中に優雅な軌跡を描き、そして最後に天高く舞い上がる。
観客の視線は薔薇窓の高さまで舞い上がったフィチに釘付けとなり、そしてそこから彼女は急降下する。
「やああああっっ!!!」
風音とアルモニカのような声が混じって聞こえる。
そのカットエメラルドに似た視線の先にいる俺は、サーベルを大上段に構えた。
勝負は一瞬。
数秒に満たないその時間は、やたらと長く感じられた。
飛び込んでくるフィチの叫び顔、はためく髪とリボンもゆっくりと見える。そして俺に向かって突き立てられた剣先。
俺はそれを受け流すことなく、大上段に構えたサーベルを、絶叫と共に勢いを付けて振り下ろした。
「やあああっっ!!」
「でええええいっっ!!」
一秒に満ちるか満たないか。その刹那の間に、スピードの乗った刺突剣の先は俺の胸を捉え、サーベルの刃はフィチの肩に思い切り叩きこまれた。
互いの持っていた勢い――フィチの高さを伴った突進と、俺に打ち込まれたことによる反動――によって、俺たちは思い切り舞台の端に向かって吹き飛ばされた。
観衆がわあぁ、と大きな声を漏らす中、二人の身体が宙を舞う。
俺は舞台上に盛大に尻餅をついて滑って、やがて止まる。少し遅れてずしゃあ、とより勢いの付いた音を立てて同じく尻餅をついたフィチが勢いのまま滑っていった。
突かれた胸の痛みに息を漏らしながら、手と脚を付いて俺は身体を起こす。
フィチもまた打ち込まれた肩を片手で抱きながらよろりと揺らめいて立ち上がった。
着地の衝撃で髪や肌はところどころぼろぼろになっていたが、演舞服は破れもほつれも無く、綺麗なままだ。
俺とフィチ、どちらとも言わず立ち上がると、片手で剣を掲げてお互いに向き合った後、聖堂の薔薇窓に向けて剣先を向けた。
薔薇窓の聖エリエルに捧げた剣先を鞘に収めると、二人揃って一礼し、顔を上げる。
「見事だったわ、ユフ」
最初に口を開いたのはフィチだった。
「フィチこそ、見事だった」
俺もそう返す。
舞台を囲む観衆たちからの喝采を浴びながら立ち尽くしていると、舞台袖から箱を持った妖精族の司祭を従えたイシュアがやって来て、俺たちの間に入る。
「お二人とも、演舞の奉納ご苦労でした。それでは、互いの手を取ってください」
「はい」と、二人同時に答えると、フィチは俺に左手を差し出した。
俺は左手でそれを取り、指を絡める。
これから行われるのはベルティナ式の結婚指輪の交換の替わりだ。
「それでは契りの儀式を」
イシュアは銀色の車掌鋏のような器具を司祭から受け取ると、フィチの左耳に宛がう。
その瞬間、フィチは眉を寄せた。
「ユフ=ハウェイズ=ミルシェルファ。貴方は妻の悦びも痛みも分かち合い、共に隣に立つことを誓いますか」
「誓います」
俺の言葉の後にイシュアは頷いて、フィチの耳に当てた器具を握る。
ぱちん、と言う音と共にフィチの顔が強張り、絡まった指が強く俺の手の平を握る。
フィチの痛みが直に手の平に伝わってくる。
真新しく開けられた耳たぶの穴に、イシュアは白金に翠玉を遇ったピアスを取り付ける。
そして今度はイシュアと司祭は俺の側に回ってきて、器具を耳に宛がう。ひんやりとした感覚が伝わってくる。
確かにこれは良い感覚では無い。
「フィチ=ケーペンツ=ミルシェルファ。貴方は夫の悦びも痛みも分かち合い、共に隣に立つことを誓いますか」
「勿論」
彼女の力強い言葉に続いて、ぱちん、と言う音と共に耳たぶから鋭い痛みが走る。
声は出さなかったが、思わずフィチの手に絡めた指を思い切り握ってしまう。
だがフィチはそれを嫌がる素振りは無かった。
イシュアは器具を取ると、司祭から渡されたピアスを受け取る。
フィチと同じデザインだが、俺の目の色に合わせた暗い色の柘榴石を遇ったピアスは、イシュアの手で俺の耳に通された。
イシュアは俺たちから離れると、舞台の前に立ち、また大音声で観衆たちの前で――そして観覧席のルシェリス女王に対しても――宣言した。
「今ここに、一対の夫婦が生まれました! 皆様、盛大な祝福を!」
わああぁぁ……と遠く王城の方まで響きそうな歓声に包まれながら、俺たちは観衆に一礼し、イシュアに続くように舞台を立ち去って行く。その後ろに司祭が付いた。
「良かったわよ、フィチ、ユフさん」
「ありがとうございます」
フィチに突かれた胸と左耳のピアス穴が少し痛むのを覚えながら、俺はイシュアに返す。
隣のフィチも俺に打ち込まれた肩が痛むのか抑えていた。
痛みを分かち合う。と言う言葉通りに、俺たちはお互いに与えた痛みとまだ馴れないピアスの違和感を分かち合ってるのだ。
「これで本当に夫婦になったって感じがするわね」
フィチの言葉に俺は頷く。
今まではなんとなくよそよそしさを感じていたフィチに対して、演舞という非日常を体感したからなのか、間に挟まっていた薄い硝子壁のようなものが取れた気がした。
今日この瞬間から、俺たちは本物の夫婦となったのだ。




