第四十二話 聖蹟演舞-始まり
謎の戦隊のベルティナ領空侵犯から一週間、結局俺の元には何の進展も伝わってこないままに聖蹟演舞の日はやって来た。
俺とフィチは王宮からの馬車に乗り、聖ポーレン聖堂へ向かう。
「俺の演舞で大丈夫なのかな」
石畳の上を進む馬車の中で、突き上げるような震動をソファ越しに尻で受け止めながら、俺はぽつりと溢す。
馬車は既に注目の的で、あの市民たちもきっとこの後には聖堂へと向かい、俺たちの演舞を見物するのだろう。
「大丈夫よ。ユフは十分舞えるようになったわ」
わたくしが直々に仕込んだんだもの。とまるで保護者のような口調で豪語するフィチに、俺は苦笑する。それを見てかフィチは少しだけむっとする。
「何なら本番ではもっと激しい演舞にしても良いのよ?」
「それは勘弁を。俺は今でもやっとなんだから」
「じゃあもっと演舞の師匠を敬うように」
「俺は常にフィチを敬ってますってば。感謝してもしきれないぐらいには色々なことをしてもらってるからな」
冗談っぽく言ってみるが、俺の言葉には偽りは無い。
フィチが助けてくれなければそもそも俺は地下鉄道に轢かれて死体になっていただろうし、彼女が夫として、そして『スカアハ』乗組として迎えてくれなければ、俺はブランダンの自室で腐っているか、ディレンの新しい秩序の軍団にスカウトされていたのだろう。
そんなのは俺としても真っ平御免だ。
そう思ったら、フィチは少し面倒くさいところもあるが、俺にとって救いの女神だった。
「まあ……ユフが本気で敬ってくれいるなら許さないことも無いわ」
意外に単純なこの少女は頬を林檎のように染めてふいと横を向く。
王女の顔や指揮官の顔、そして妖精族の戦士の顔と凜々しく大人びた表情ばかり見てきたせいか、彼女の年相応の少女らしい表情は久々に見た。
ただ、逸らした顔を戻したときにはもう彼女の貌には少しの凜々しさが宿っていて、こちらこそが彼女の本質なのだろうと改めて思ったのだった。
馬車が聖ポーレン聖堂に着き、馬車の扉を開けると、赤と黒の制服に身を包んだ近衛兵たちが左右に並び、俺たちに向かってライフルを捧げる。
儀仗隊の後ろに隠れていた楽隊がゆったりとした、しかし勇壮なマーチを奏で始めた。
ここまでやるのかと思ったが、これが王家の儀式なのを思い出すとそれも当然かと思ってしまう。
儀仗隊の固める中央、大聖堂に続く道を俺たちは通り抜けて行く。
そして俺とフィチは演舞の舞台となるであろう、大聖堂前に作られた木組みの舞台の前で案内役の二人に導かれるまま、別れさせられる。
俺は俺の案内役であったニールに、何故別れさせられるのかと聞いてみた。
ニールは年を取った獣精族特有の、渋みと愛嬌の同居する笑みを浮かべて答えた。
「演舞は妖精族にとっての結婚披露宴のようなものだからね。それに見合った正装や化粧をする必要があるのさ」
「正装」
俺はニールの言葉を返す。
「軍服じゃ駄目なんですかね」
「それでは味気ないんだよ。君も正装の場で正規の礼服で無い妖精族の軍人を見ただろう」
「ええ」
ニールの言う通り、あのカクテルパーティーの場で軍人礼服では無い、ドレスと軍服の折衷のような、動きやすそうだが華やかな服を着た妖精族を何度も見た。
「あれが妖精族の聖蹟演舞の正装――演舞衣装さ。あれは契りと戦士としての自身の証、戦場で軍服で無くあの衣装を着る妖精族の軍人だって大勢居る」
「……ベルティナの、と言うか妖精族の文化は戸惑うばかりです」
「外から来た人はよくそう言うよ」
ニールに導かれて俺は新郎側の控室へと通される。
そこで軍服を脱がされて、俺用の演舞衣装に袖を通された。
形こそエゼルベシアのブレザー軍服に似ているが、アクセントの白と金の縁取りが為された紺基調の毛織りのジャケットを羽織り、鑑の前に立たされた俺は、その格好が似合っていると自分でも思ってしまう、不思議な気分になった。
自分で自分の服装が似合うなんて感じたことは無かったが、この服だけは戦士としてのユフ=ハウェイズに合わせて作ったのだろうと思わせるものだった。
「肩のところ、見てみたまえ」
ニールに促されて肩口を見ると、襟と触れ合う先にボタンがある。
階級章を止めるためのボタンだと気づく。この衣装はようは非正規の軍服としても使えるのだ。
「ベルティナ軍の軍規がわからなくなりそうですよ」
「近代軍の合理性より戦士の誇りを重きを置いているのさ。そう言う軍がちょっとぐらいあってもいいだろう」




