第四十回 夜襲ー疑惑の通信
パニデの市街地を越えて、意図不明艦は進路を少しだけ変える。
それは王都ラダナイヤを外れるコース上にあった。
丁寧にも『スカアハ』と『シャムロック』にも変針を知らせてきた意図不明艦は、迎撃艦を護衛のように従えて悠々とベルティナの地の上を飛んでゆく。
その先に何があると言うのか。彼らの主というのはどこに居るというのか。
俺はそんなことを考えながら前を進む意図不明艦を見つめていた。
その時、通信室との伝声管にかじりついていた。
「通信室より、意図不明艦から通信がありました。……副長宛とのことです」
「俺宛?」
俺は名乗ってすらいないと言うのに、誰が『スカアハ』に俺が乗っているとわかっていたのだ。
得も言えぬ不気味さを余計に感じながらも、俺は通信室からその文を持ってくるようにと命ずる。
「エゼル時代のお知り合いが乗っているのかもしれないわね」
フィチが俺に問うてくる。それに俺がいや、と返した。
「小官が『スカアハ』の副長になったなど誰にも言っていませんよ。『スカアハ』に乗っていることを知っているのすら、母と友人一人――」
そこまで言って、もし母が、ジョンがあの艦を指揮しているとしたらと言う考えが過る。
母――エミリア=ハウェイズはエゼルベシア空中艦隊で唯一フィチの願いを知っていて、その危険性を議会や艦隊上層部に告げ、挑発を兼ねた強行偵察を行ったのではないか。
もしくはジョンが何らかの理由であの艦に乗っていて、『スカアハ』に俺がいるとして電文を送ったとしたら。
親しい人物への疑念が俺の胸中で渦を巻く。
戦闘艦橋の扉が開かれたのはその時だった。
「副長、例の通信文です」
戦闘艦橋に続く螺旋ラッタルの上を飛んできたらしい妖精族の通信兵は羽根を震わせながら、走り書きのメモ文を俺に見せる。それを取ると、俺は走り書きの筆記文を読み込んだ。
「ユフ、やはりお知り合いからの通信文?」
「ええ。私に捨てる者あれば拾う者ありと言ってくれた人物からの通信文でした」
俺は通信文を読み上げる。
「『ユフ=ハウェイズ一等尉官。君は私の魔法視とは少し違う未来に進んだようだ。私の同士として共に在って、一流の指揮官になってくれることを視たのだが、残念ながらそうはならなかった。そして我々は近いうちに敵同士となるだろう。そのことについて悔やまれるばかりだ。君のような才能を潰すのは惜しいとばかり思う。今からでもこちらに来て、我々の理想に賛同してくれないだろうか』」
そこまで読んで、俺は一息ついてから最後の発信者の名前を読み上げた。
「マーカス=ディレン。エゼルベシア空中艦隊の一等佐官だ」
俺の言葉に、今度こそ戦闘艦橋には不穏な沈黙が流れた。
「ユフ……」
「大丈夫だ。ディレン一佐とは親しくない。ただ一度声をかけられただけだ……」
そもそも何故ディレンが俺がここに居ることを知れたのか。魔法視で俺がここに居るのを視たのか。
そして不明瞭な理由――新しい秩序を作ることに俺を誘って何になるのか。
一流の指揮官になれるから就いてきて欲しかったと?
それならば、もう俺は既に別の人間に誘われている。
「それに、俺にはもう先約がある。どんな意図があろうと、今さら俺はフィチを裏切ることはしない」
フィチが口元に手を当てる。
「よく言ってくれた、ハウェイズ」
アルカの柄にもない賞賛の言葉が、戦闘艦橋の不穏な沈黙を解きほぐしてくれた。
「通信室。エゼルベシアかベルティナの艦隊本部からの入電は無いのか」
ジャスパーが通信室から来たばかりの兵に訊くが、彼女は「まだありません」と返す。
首を横に振り、彼は妖精族の通信兵に「持ち場に戻れ」とだけ言う。彼女がいなくなって、ジャスパーは溜息交じりに言った。
「エゼルの艦隊本部もディレン一佐の出奔に戸惑って、追撃命令や通信を返せずにいるのでしょう。ラダナイヤへの進路も攻撃姿勢も取らずに居る以上、艦隊本部から発砲命令が出るまで監視付きで通すしかありません」
それにフィチが自嘲気味に返す。
「帰ったら文句を言われますでしょうね、領空を侵した艦を撃沈しなかった腰抜けと」
「打っても打たなくても何かしらの文句は付けられましょうよ。打てば考えなし、打たなければ腰抜けと言われるのがいいところです」
俺の皮肉にフィチはええ、と肩を落とした。




