第三十九話 夜襲ー彼らの意図
「一番艦に向け停船信号打て」
ジャスパーがそう言う。
「文面は」
「本艦はベルティナ空中艦隊第十一独立戦隊旗艦『スカアハ』。貴隊は既にベルティナ領空を侵しつつある。速やかに退去しなければ我が国に害を為すものとして貴隊を発砲、撃沈する、だ」
了解しました。と人間族の兵員が声を張り上げると、そのまま信号係の居る艦橋ウィングに出て、すぐに小型探照灯を使って発光信号が送られる。
本艦はベルティナ空中艦隊第十一独立戦隊旗艦『スカアハ』。貴隊は既にベルティナ領空を侵しつつある。速やかに退去しなければ我が国に害を為すものとして貴隊を発砲、撃沈する。
ジャスパーの言葉が一言一句間違わずに発光信号として送られ、前方の艦を照らす。
そして互いの舳先がすれ違ったと思うと、相手は信号を返してきた。
「返信――『借り物の翼の飛び心地はどうだ。竜喰い蜂の王女』」
帰ってきた発光信号に、艦橋は水を打ったように静まった。
俺が覚えたのはまず気まずさ、そしてそこからフィチと『スカアハ』乗員に対する侮辱への抑えきれない怒り。
そしてそれは周囲も同様だった。アルカは犬歯を剥き出しにし、ジャスパーは眉間に深い皺を刻んで前方の艦を睨んでいる。
他の乗員も大なり小なり、目の前の艦に敵意を抱いていた。
発砲命令を口にすればすぐにでもそれを怒鳴りつけそうな程に、艦橋内の怒りの密度はふつふつと高くなってゆく。
俺も熱した頭の片隅ではすぐにでも主砲斉射を怒鳴りつけたかったのだが、一方で醒めた頭では、これはまずいと感じていた。
怒りに流されては正確な戦況判断が出来なくなる。
飛空艦での艦隊戦は海上艦船の艦隊戦以上に高速で進み、一瞬の間隙やミスから綻びが生じるリスクは通常の艦船より高い。
だからこそ飛空艦の乗員は、海上の艦船乗員以上に冷静に目の前のことを対処しなければならない。
「――目の前の艦は本艦乗員とベルティナに向けこの上ない侮辱を行いました」
フィチが低く、とつとつと、艦橋要員全員に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。そして一拍置いて「しかし」と言葉を継いだ。
「彼らが何者なのか、何の意図を持って航行しているかはまだわかりません。ここであの艦を打ってしまえばエゼルベシアとの国際問題に発展する可能性もありましょう。安い挑発に乗らず、このまま反転、同航に持ち込んでそれをあの艦に問いかけてください」
フィチは、驚くほどに冷静にそう告げ、艦橋を包んだ空気も徐々に引いていった。
「取舵一杯、第一戦速。主砲全基、目標を不明一番艦に定め。ただし発砲の兆候があり、俺が許可するまで発砲を禁ず。発光信号で不明艦に所属と意図を訊ね続けろ」
フィチに続けて、俺が彼女の意を汲んだ命令を告ぐ。
「取舵一杯、第一戦速!」
「主砲全基、目標を不明一番艦に定め! ただし許可あるまで発砲を禁ず!」
主艦橋と主砲指揮所への伝声管に向かって吼える男女入り交じった兵員の声が響く。すぐにまたテレグラフが鳴り、針が第一戦速を示した。舵角計は左いっぱいに針が倒れ、『スカアハ』は右に弧を描くように傾き始める。
小型探照灯の発光信号が不明艦に向かって所属と意図を訊ねる信号を何度も送り続けた。
戦隊の三番艦、メドゥーサ級軽巡空艦の燐光を放つ竜血パドルを見送りながら『スカアハ』は急速に回頭し、後続の二隻の駆逐艦も続行信号を見て間をとりながら回頭を始めた。
回頭を終えた頃だろうか。相手一番艦、装甲巡空艦の艦橋部分に点滅する光源が見えた。星の光ではなく、人工の光だ。
「発光信号です」
俺は頷いた。
「内容読み上げます――『我らは新たなる彗州の秩序を作る者。その意図は我が主の元へ向かうため。諸君らとその国土に危害を加えるつもりは今はない』」
「革命家を気取ってるのか、奴らは」
俺は帽子の上から頭を掻く。
まるで今はベルティナに構っている暇は無いと言っているようだし、それ以上に彗州の秩序を作り替えると言う大それたことを掲げて航行しているというのが気になる。
「まるで言っていることがアウストムネシアの魔女だ」
「エゼルにはあんな強硬派の政党がまだ残っているのか?」
「まさか。聞いたことも無いです」
しかし、今ので意図が伝わったとも思わない。言葉に具体性が無い上に誰かがわからないので、何の保証にもならないのだ。
「意図不明艦、パニデ上空に差し掛かります」
「『シャムロック』より通信、『貴艦に射撃の意図なきや?』です」
射撃の意図も何も。相手はエゼルの空中艦隊の艦を使い、領空を侵しながら攻撃も偵察の素振りも無い不気味な存在だ。
エゼルベシアの挑発的強行偵察なら、射撃すれば大事になる。『シャムロック』もそれくらいわかって探照灯照射で済ませているのだろう。
パニデの街の上空を悠然と飛ぶ意図不明艦。その進路の先には王都ラダナイヤがある。
もし彼らの言葉を信じるならラダナイヤを通しても良いだろうが、そもそも素性をはぐらかしているのだ。とても信じるに値する言葉ではない。




