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第三十七話 夜襲ー発端

 王都ラダナイヤの更けて行く夜を、そして俺たちのお喋りを遮ったのは艦隊本部エイティルト・ボードからの有声通信だった。


 心配するウェンディに見送られながら近衛師団から回されたアルカの運転する蒸気自動車に俺とフィチは乗り込むと、自動車は全速力で夜のラダナイヤを走る。


「殿下、副長。飛ばしますよ」


 そう言うと、エンジンの回る音が一層早くなる。


「状況は?」


「先程話したとおりです」


 アルカは首を振る。


「エゼルベシア空中艦隊の巡空艦が三隻、我が領空を無許可侵犯中。哨戒艦と飛竜による停船命令は聞き入れずラダナイヤに迫っている。艦隊の行動をエゼルベシアに問い合わせていますが状況は不明とのことです」


 突然の領空侵犯。停船命令を聞き入れずに迫ってくる巡空艦。何の意図で? 訳がわからなく混乱する頭を回して、なんとか状況を噛み砕こうとする。


 戦中ならともかく、薄氷の平和の上にある今、そんなことをすれば逆に列強を刺激するだけだ。


 もし極秘作戦であるなら予めベルティナ空中艦隊に話を通し、ベルティナの都市上空を避けて飛ぶだろう。


 それに幾ら事実上の属国と言っても、独立国家として認めている以上は越えてはならない線を越えるのは得策ではないはずなのに。


「『スカアハ』は? 動けるのですか?」


 フィチが問い、アルカが答える。


「ボイラーの火入れをかなり強引に行って、なんとか出撃可能状態まで持っていきました」


 蒸気自動車や艦載鳥雷艇ならともかく、巡空戦艦クラスの大型艦ともなるとボイラーは普通なら半日前や前日から火を入れないと蒸気を作れるまでの火力に達しない。


 完全に火を落として外部からのエーテル供給で賄っている艤装作業中の『スカアハ』を動かすことは難しい。


 復血器から漉しとられた廃竜血を使ってボイラーを緊急点火し蒸気圧を上げる方法こそあるが、ボイラーと配管を傷めるので緊急出撃時や奇襲を受けた時くらいにしか使わない。


 つまり、それほどまでに切羽詰まった状況だと判断したのだろう。


「意図不明の巡空艦戦隊が王都に向かっていると言うだけでも、十分緊急事態だからな」


「既に王都艦隊の『シャムロック』と『ゲイブル』の二隻を中心に迎撃に上がっているが、『スカアハ』と『ブロッサム』『サンフラワー』も迎撃に上がるとのことだ」


「砲弾は?」


「主砲弾は即応弾三十発を積み込んでいる。他に三〇リーム副砲弾を百八十発ほど積み込んでいるが、すぐに足りなくなるだろうし、どのみち何かない限りはラダナイヤ市街の上空では撃てない」


「かなり厳しいな」


 元々多くの巡空艦は自身の主砲である三〇リーム砲弾には堪えるだけの装甲を持っているし、それを打ち砕くべく作られた巡空戦艦の要である主砲が三十発――五基の主砲塔での斉射六回分しか使えないとなれば、それは止めるのは至難の業と言うことだ。


 車が『ダン・スカー』の入り口に乗り付けると、俺たちは緊急発進の赤みがかった煙を煙突から吐く『スカアハ』に乗り込んだ。


 戦闘艦橋へ駆け上がると、既にそこにはジャスパーが立っていた。


「副長、殿下。貴方たちが最後です」


 ジャスパーや乗員たちは船渠のすぐそばの宿舎からやって来たのだから、早いのも当然だ。


「わたくしたちもこれからは宿舎に泊まることにしましょうか」


「副長はともかく、殿下がお住まいとなると宿舎を改築しなければなりません。『スカアハ』が本就役して私室が使えるようになるまでお待ちください」


 わかったわ、とフィチ。


「『スカアハ』、出港!」


「舫い離せ! その後竜血機関、急速浮揚へ!」


 フィチとジャスパーの指示が矢継ぎ早に飛び、舫いが全て離された後に、竜血機関が甲高く唸るような音の後に、突き上げるような強烈な浮遊感に足元が揺さぶられる。


 血が下に引っ張られ、天地がおかしくなるような急速浮上の感覚に堪えながら、俺は眼前を見張った。


 戦闘艦橋から見下ろすラダナイヤの夜空は、ブランダンの眩しいほどの夜景に比べれば仄明るい程度ではあるものの、確かにそこには人の息づいていると言う証がある。


 これを消させてはいけない。俺は改めてそう思うと、フィチとジャスパーと顔を見合わせ、口を開く。


「意図不明艦の位置は」


「先行する『シャムロック』からの通信で、ヴィオナ湾をもうすぐ越えようとしているそうだ。恐らくラフィー川下流付近で迎え撃つことになると思うな」


「パニデ市の上空付近か……」


 ラフィー川河口にあるベルティナの海の要衝を思い浮かべながら、俺は舌を打った。

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