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第三十五話 夜話・上

 初の乗艦から安息日を挟んで一週間が経った。


 相変わらず俺はフィチとの演舞の修練では彼女に剣を叩き落とされてはいるが、ここ数日で彼女と剣をまともに合わせることが出来ていた。


 それでもまだいつも及び腰だとフィチには不満げな声を上げられている。


 一方でフィチも俺とアルカ相手に繰り広げられる授業に対してはかなり苦戦していた。


 覚え自体は良いものの自己流や拙速、そして押しの強い戦いに走る癖の多いフィチは、歩調を合わせる指揮や引き際を見定めると言ったことが苦手なのだ。


 剣術ではああも見事に押し引きの駆け引きを見せるのに、艦隊運動となるとどうしてもゴリ押してゆくような回答を行うので、なんでそうなるのかが不思議だった。


 まあフィチから言わせれば俺も「なんで艦隊運用では微妙な時期を察せるのに、剣ではいつも及び腰で踏み込まないの?」とのことなので、お互いに打ち込んできたものの経験の違いが出ているのだろう。


 相も変わらず剣の稽古と授業でお互いクタクタになりながら鉄道馬車に揺られる日々が続くと、疲れも溜まってくる。


 安息日もなんだかんだで剣の稽古とフィチの補修で潰れてしまったからか、余計に疲れてしまっている訳だ。


 おかげでか鉄道馬車の座席に座った途端にフィチはこてんと俺に寄りかかり、寝息を立ててしまっている。


 こんな様子で聖蹟演舞と就役の日を迎えられるのか。俺はそう思いながら彼女のすぅすぅと静かな息づかいを聞きながら、ごろごろと進む鉄道馬車に身を任せた。


 そしてフィチを起こして宮邸に着くと、寝ぼけ眼のフィチを見たウェンディにまた呆れられながら、俺たちは夕食の席に着いた。


「フィチ、俺の演舞の腕はどうなんだ?」


「正直まだまだですし付け焼き刃ですけど、最低限舞える基礎は付いてきています。後はわたくしが合わせれば見られる演舞にはなるでしょう」


 成程な、と俺は納得しながらトマトソースのオートミールを口に運ぶ。


「そう言うフィチ様はどうなのですか? ユフ様」


「引き際をまだ掴みきれてないと言うのが現状かな。良くも悪くも猪突猛進、駆け引きが苦手で実際に運用すれば敵を引き付けてる間に『スカアハ』が良くて二時間で沈む」


 二時間で沈む、と言う言葉を聞いてフィチの顔が曇る。


「そんなに酷いのですか、わたくしの指揮は」


 俺は落ち込むフィチをフォローするように付け加える。


「深追いしなければ四時間は持たせられるが、あくまでそこが限界だよ。『スカアハ』と護衛のフラワー級しか居ない独立戦隊に出来るのは足止めと攪乱だけだ」


「当然だと思ったけど、敵艦をちぎっては投げみたいなことは出来ないのね」


「それが出来るのは余程の幸運に恵まれたときだけだよ。その時が来ればどんなに猪突猛進な判断だって噛み合うけど、それは中々訪れないし、その好機を読める人間じゃなければ突っ込めもしないよ」


 百年に一度、巨大な海戦が幾つも起きた時にそう言う事態は発生し、単艦や一つの戦隊で相手艦隊を翻弄する艦長や提督が生まれるが、それはあくまで偶然が生み出した空隙を突いた例外のような存在だ。


 今のフィチはその偶然が生んだ空隙を読む力はまだ備わっていない。


 正確に言えば演舞の場や人の仕草を読むなどの洞察力は人並み以上だが、それを好機だと補強する知識や経験が圧倒的に足りない。


「だからその好機を掴む勉強が必要なのね。」


 まあ、と俺は溢す。


 かくいう俺には洞察力以上に度胸が足りない。


 机の上ならともかく、実際に艦を鉄火場に飛び込ませることは憚られる。


 飛空艦同士の戦いに憧れて空中艦隊に入ったのに、いつも安全な道ばかりを選んでしまうのは飛空艦乗りとしてどうかとは思うのだ。


 フィチやベルティナの無鉄砲さに毒されてしまったのかもしれないが、どうにも自分の指揮で鉄火場に突っ込むと言うことが、士官になりたてだった頃やそれ以前に考えていたよりも大事に――他人の命を預かることと自分で決断することの重圧を感じて――思えているのだ。


 自分に命を託している部下がいて、その命を賭けるのはとても重いことなのだと、ここに来て、副長という役目を担ったことで、改めて思い知ることとなった。


 俺はきっとその偶然の空隙が出来ても、躊躇ってしまう気がする。


 それに対してフィチは本当にその覚悟を受け止めてなお艦を突っ込ませることが出来るのだろうか。


 トマトソースのオートミールと鶏胸肉のソテーを腹に入れた後、自室に帰った俺は机に向かい、先日届いたばかりのウィリックスランドのタイプライターを叩き始める。


 がちゃがちゃ、がちゃと打鍵音が響く中で、俺は『スカアハ』の運用レポートを書く。


 ジャスパーは提出はもう少し後でも良いと言っていたが、一週間後の公試の前に癖を熟知しておいた方が良いと思い、早めに提出しておきたかったのだ。


 全長や機関出力の大きさから、巡空戦艦は操艦が難しい。


 特にアウストムネシア艦は竜血機関の余裕や主機関の出力効率の高さ故に、ベルティナで主流のエゼルベシア式の設計の艦よりも運動操作が極端なのだ。


 少し気を抜けば転舵時の航跡が大きく膨らみ、直援艦や同行艦を巻き込みかねない。


 実際俺が操艦してみてもその傾向はあった。エゼルベシアからの出港時に一度航跡が大きく膨らみ、そこからは出力に振り回されないように舵の切り方や速力調整を少し控えめにしてみて、やっと素直な航行が出来るようになったのだ。


 その点はきちんと伝えておかないと、事故や戦闘中の操艦ミスに繋がりかねない。


 ジャスパーは聡明な艦長だと思うので操艦の違和感に気づけるだろうが、念には念を入れたほうが良いだろう。

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