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第三十三話 初乗務ー提督私室とお勉強

 艦上部に設けられた提督私室は、元々『エクシステンツ』が戦隊旗艦を務める艦として建造されただろうことも含めてかなりゆったりと作られている。


 アウストムネシア時代の装飾が外され、ベルティナ風に化粧直しをされている部屋は、落ち着きながらも所々にその豪奢さを見いだしている。


 壁際の本棚の中身は戦術に関する本や過去の海戦の回顧録、ベルティナの風土に関する本や国際空事法や海事法――飛空艦は基本的に『飛ぶ』こと以外は海事法に基づいて運用されているからだ――が並んでいて、提督が咄嗟に引く本に相応しいラインナップだ。


 少しばかり隙間があるが、あそこにはきっとフィチの書いた日誌や『スカアハ』の戦闘詳報の写しが収まるのだろう。


「わたくしはここで戦術を立てる訳ですか」


 どこから運ばれてきたのかわからない大きなチークのテーブルを前にして、フィチは言う。


「いえ、まずは飛空艦運用や戦術についての授業を受けてもらいます」


 ジャスパーの言葉に、またフィチは唇をへの字に曲げる。


「そんなのは士官学校で習いました……」


「ええ。本来三年のところを特例で二年で。その後も王族特例で下佐からの出発です。平時ならばそれで宜しいでしょうが、『スカアハ』を指揮するとなれば殿下の采配は厳しいです」


 アルカが父親の援護射撃をするようにそう口にする。


 彼女はフィチの面子を大事にするが、軍務に対しては相当に真摯だ。


 だからこそ軍務を前にするときはフィチにも厳しく臨むのだ。


 幾ら英才教育を受けてきた彼女とは言え、一六歳のフィチに足りないのは経験以前の知識だ。


 十年近く飛空艦に乗っている俺や、その四倍は飛空艦に乗って居るであろうジャスパーに比べれば経験もさることながら、基礎的な知識も欠けている。


 それを補わなければ、とても艦隊指揮など出来ない。


「艦の艤装が完成するまではハウェイズ副長が、艦の艤装が完成してからは私が付きっきりで授業を行います。……良いかね、副長」


 はい、とジャスパーの言葉に、俺は答えた。


 確かに艤装の指揮は俺が口出しせず、勝手知ったるジャスパーに任せた方が良いだろう。


 生憎俺も艦隊大学校は出ていないが、その授業に相当するテキストは何度か目を通し、その内容に関する論文を提出したこともあった。


「士官学校教官もやったことはありませんが、それでも宜しいなら」


「教えることで自身が教わるものもあるよ」


 ジャスパーはそれも考慮して俺にその役を任せたのだろう。


「艤装長。私もその補佐を宜しいでしょうか」


 アルカがジャスパーに問う。


「むしろお願いしたかったところだ」


 ジャスパーはあっけらかんと口にした。


「中尉は近衛士官とはいえ、空中艦隊の正規士官教育を受けている。それにハウェイズ下佐はエゼル式の運用を主に話すだろう。細かいベルティナ式の運用の捕捉をお願いしたい」


「わかりました」


 アルカはこくりと頷くと、俺に目を合わせた。


「と言うことだ副長、一緒に頑張ろう」


 その目はなんとなく、今までより柔らかいものだった。


「ああ。俺の方も勉強し直さなければな」


 少しだけ歩み寄った俺たちを、当のフィチだけが納得の行かない顔で睨んでいた。


 朝の意趣返しとでも思って欲しい。俺は視線でそう語る。


「授業は明日から行います。半月後の最終艤装の完了と就役までの間に手早く済ませましょう」


「範囲は?」


「運用術全般と戦術の基礎と応用だよ。あと機関関連も少し」


 よし、それなら教えられる。俺はフィチの方を向き、口の端を釣り上げた。


「頑張って行こうな、フィチ」


「ユフの意地悪」


 今朝思い切り手を踏んで二時間以上剣を振らせた君がそれを言うか。俺はそう口に出したくなるのを抑えて、手を伸ばす。


「お互いに頑張っていけば良いだけだよ。フィチ」


 俺の精一杯の爽やかな声色で、そうしてフィチに語りかける。


 一瞬フィチの頬が林檎色に染まって硬直したかと思ったら、すぐにふるふると首を横に振り、俯きながら「騙されないからね」とだけ口にした。


 そこで騙されてくれれば可愛いのだが、平常心を取り戻して騙されないで居てくれるのは指揮官としては心強い。


 奇妙な感想を覚えながら、俺はジャスパーの方を向く。


「ベルティナとエゼルベシアの運用術の違いはなんですか?」


「攻撃精神だね。エゼルは彗州の空中艦隊で最も攻撃的な部類だが、ベルティナはその上を行く。逃げる敵を執念深く、単体や集団で追うのがベルティナ流だ」


「妖精族の狩猟精神がそのまま反映されていると言う訳ですか」


 昨晩フィチが口にした妖精族の亜竜猟、あれにその攻撃精神の原点があるのだろうと思ってそう言うと、ジャスパーが首肯する。どうやらそうらしい。


「しかし敵の増援にかかる可能性もあるんじゃ無いか?」


「その引き際を委ねるのが指揮官の役割だ」


 俺の懸念に答えたのはアルカだった。


 アルカがフィチに視線を向けて、言う。


「だから余計に学んで頂かないと困るのです。殿下。先日ハウェイズに止められた件を見るに殿下の飛空艦に対する知識はまだ未熟。姉君がたに対して『スカアハ』を己が槍としたいならば、少しでも多く知識を得て欲しいのです」


 アルカにもそう詰められて、フィチは肩身が狭そうに「うう」と呻きを漏らす。今朝の俺の如く。


 互いに未熟、と言う訳か。


 本当に互いが互いに厳しく戦いに関して教え合うことになりそうだ、と思うのだった。

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