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第三十一話 初乗務ー副長任命

 主艦橋まで降りると、ジャスパーは不意に俺の方を振り向いた。


「ハウェイズ下佐。君には当艦の副長を任せたい」


「副長、ですか?」


 航行科に回されるものかとばかり考えていただけに、思わぬ大任に俺は目を剥く。


「ああ、しかも戦闘の際は『スカアハ』の戦闘指揮も取る」


 俺は開いた口が塞がらなかった。


 目の前の痩せた頬の上佐が何を言っているのか、まだ頭で理解できていなかった。


「私は判断を君には艦の状況を把握する能力がある。次期艦長候補としてそれを伸ばして行きたいんだ」


「しかし、小官はまだ一等尉官から下佐になったばかりで……そもそも大型艦の全体戦闘指揮など取ったことはありません!」


「段階を踏むことを君は考えているのだろうが、それは軍の出世の問題でそうなっているだけだ。陸上勤務で書類と格闘した者も上佐になれば一度は巡空艦や戦艦の艦長になり、時にぶっつけで戦闘指揮を執ることになるんだぞ」


「ですが、小官には経験がありません! 駆逐艦や鳥雷艇の指揮すら執ったことが無いのですよ! 貴方も先程頷いたでしょう! 若くして聡明で寛大な艦長など居ないと!」


「濃密な経験がその例外の艦長を作るものだ、ハウェイズ下佐。過去の歴史を見てもそう言う艦長は何人も居た」


 ジャスパーのそう言う顔はあくまで真剣そのものだった。


「『ディオーネ』の事故の際に君が執った行動を聞かせてもらった。私は君には軍内政治の才能は無いが、艦を指揮する才能は間違いなくあると思っているし、それを信用してこの職を任じるよう艦隊本部エイティルト・ボードに進言した。だから君も私と君自身を少しは信用してくれ」


 そこまで言われると、俺はもうジャスパーの言葉に肯定の言葉を口にするしか無くなってしまった。


「わかりました。『スカアハ』副長の任、拝命します」


 俺は改めて『スカアハ』の主艦橋を見やる。


 舵輪と複数のエンジンテレグラフ、エーテル動力式のジャイロコンパス。そして各所に繋がる伝声管と受話器。


 そしてエーテル灯の光を浴びる『スカアハ』の四面図の彫られたガラス板。


 これらを自分の指揮で動かすことになるのだ。


 その光景を想像すると、肺が重くなるのを感じながら、しかし同時に柄も言えぬ興奮で口元が緩んでくる。困った二律背反だ。


 その様子をジャスパーが興味深げに眺めているのに気づいて、慌てて平静を保とうとする。


「ああ、ユフ!」


 低く響く羽音と共に、フルートの音色にも似たソプラノの高い声が艦橋に響く。


 こんな声をあげるのはただ一人だ。ユフはジャスパーと遠慮がちに視線を合わせてから振り向く。


 それと同時に、フィチが勢いよく俺目がけて駆け、飛びついてできた。バランスを崩しそうになるが、後ろ脚を咄嗟にずらして堪える。


 しかし勢いを殺しきれず、どっさと胸に飛び込んだ彼女から甘い花のような匂いとミルク臭が俺の鼻孔に飛び込んでくる。


 濃密な少女の香りにくらくらしそうになりながらも、何とか堪える様に彼女を引き剥がして、俺はふんふんと鼻息荒いフィチに問うた。


「フィチ、ルシェリス陛下との話は終わったのか?」


「もちろん! 聖蹟演舞の日取りを聞かれて、答えたの! 演舞までにユフのことを素敵な演舞が出来る闘士にするとも言ってきたわ! わたくしもユフに『スカアハ』に相応しい指揮官に鍛えてもらうとも!」


 彼女の羽根の下で見えない尻尾がぶんぶん振られているような錯覚に陥りながら、俺は熱っぽく話すフィチの話に耳を傾けていた。


 ルシェリス女王に何を言ってどう説明したのかはわからないが、恐らくフィチの思うとおりの――本物の俺より何倍か美化された――俺の話をしてきたのは間違いない。


 そして指揮官として鍛えると言っても、王女にどう鍛えて行けば良いのだろう。俺は士官学校式の怒号を飛ばす方法しか知らないのだが、それを王女にやれば大問題だ。

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