第二四話 フィチの憧憬
「ユフ君、フィチ」
カクテルパーティからの帰路、馬車に乗ろうとしたミァリが俺とフィチに声を掛けてきた。
カクテルドレスからベストと乗馬ズボンと言う様相に着替えていた彼女の姿は余計に様になっており、騎兵参謀としての風格が出ている。
「二人は私が送るよ。ヤーステン通りの宮邸なら通り道だからね」
「いいんですか、ミァリお姉様」
フィチが遠慮がちに訊くと、ミァリは「良いって良いって」と返す。
「可愛い末妹とその旦那様なんだからね。色々とイシュア姉様の前じゃできなかった募る話もあるし……それに私はお酒は入れてないしね」
そう言ってミァリは馬車溜まりの方へと歩き出し、馬車溜まりの一角に置かれた箱型車体の六座式の蒸気自動車の後部へ行き、瞬間湯沸かし装置を点火する。
「ユフ君は自動車は初めて?」
「乗合以外だと、以前に何度か」
魔女戦争の後頃から公用車にも蒸気自動車が入りつつあるが、首都ブランダンは未だに簡便かつ施設の揃った馬車の天下だ。
あれが全て自動車に置き換わるにはあと二〇年はかかるだろう。
俺たち二人が自動車の後席に乗り込んだ。
運転手席のミァリは蒸気圧計の針を睨み、その針が走行可能域まで達すると、自動車を発進させる。
「フィチ、よく言い切ったね」
宮殿の敷地を出たところで、ミァリがそう口にする。
フィチは頷いて、「言い切らないといけませんでしたから」と語る。
「イシュア姉様や外務卿は渋い顔していましたがね」
「それは仕方ないよ。大連合主義者もベルティナを守るためにエゼルとの適切な距離を保とうとしているんだから」
「それでもああしないと、ベルティナは誇りを取り戻せませんので」
そこでフィチは俺の方を向く。
「ユフは竜喰い蜂と言う言葉を知っているよね」
その言葉がフィチの口から出てきたのに、俺は驚きを隠せなかった。
「何故そう呼ばれるか、言ってみて。怒らないから、全部、率直に」
前席のミァリと隣席のフィチの強い圧に、それを彼女たちの前で口にするのを躊躇いながらも、俺は言う。
「……昔から亜竜猟を行って、その亜竜の肉を喰っていたから」
「そう、それが亜人では無い人間にはとても野蛮に見え、肉食蜂を彷彿とさせたから」
ミァリが付け加える。
「それに加えて、亜人は人の神の骸と彗星の欠片の混じり物と言う創世神話もそれを補強している。それらが妖精族への偏見を生んだ」
創世神話なんて。
俺はそう言いたかったが、亜人は古代落下した彗星の影響で人間の祖先が変化して生まれたという学説は今有力視されている。
それが今になって創世神話を下支えしているのだ。
「そしてエゼルは私たちの竜猟を文明に逆らう野蛮な行いだと言って取り上げた。飛空艦革命が起こり、近代竜猟が興るまでは竜食も失われていたわ――血を抜くためだけに竜を狩る自分たちの行いは野蛮な行いだと認めないで」
フィチがぽつりと溢す。
「幼い頃にベルティナの昔話の本を読んで、亜竜狩りの英雄の話にとても感動したの。それでお母様や侍女たちに亜竜狩りをしたいと言ってみたんだけど、決まりで出来ないと、やり方もわからないと言われて……妖精族の誇り高い英雄の話はみんな遠い昔の話と教えられたのよ」
更に言葉が紡がれる。
「わたくしたちも、お母様の世代も亜竜猟の仕方を知らない。槍を用いた亜竜猟がその先にどう発展したかもわからないまま。ただ昔の、己の羽根と槍で亜竜に挑んだ亜竜猟の英雄の話を聞くだけ。二〇〇年前にエゼルの保護国になって以来ベルティナは色々な物を失ったわ」
しばしの沈黙の後にフィチはまた語りだした。
「わたくしがエゼルベシア大連合の保護国からの脱退とベルティナの完全独立を目指すのは、亜竜猟をはじめとしたエゼルが野蛮だと退けた妖精族の誇りある戦士としての行い、他の亜人たちの暮らしを取り戻すためなの」
壮大な、そして危うさを感じさせるフィチの願望に、俺は口を噤むしかなかった。
フィチは俺と同じだ。冒険小説や飛空艦の活躍記事に心躍らせた俺と。
しかし、フィチの目指したものは既にエゼルベシアという大国と近代的な価値観に奪われた後だった。
そして新聞や士官学校教育でのエゼルベシア大連合主義の価値観の中育った俺は、フィチの考えにすぐに両の手を上げて賛同することは出来ない。
フィチが取り戻したい誇りとは即ち近代社会が否定したものであり、それを取り戻したいと願うのは彼女らからすれば普通なのかもしれないが、一方でそれがエゼルベシアやメロヴィスと言った彗州列強各国から認められるかと言われれば、ノーになる。
そもそも妖精族の多大な権限を持つ女王を頂く習性も、現代では共和制メロヴィスや海の向こうのファンチャナ連邦から封建君主的と非難されているのだ。
その上あのアウストムネシアの魔女・エデルトルート女帝の絶対帝政が余計にその傾向を強めている。
フィチの言っていることは妖精族として至極まっとうな思いなのかもしれないが、一方ではエデルトルートのアウストムネシア帝国の『血の誇りと土の回復』のスローガンにも通じるのだ。




