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第二三話 カクテルパーティー・下

「本当に似たもの夫婦ねえ」


 髪を短く切った方の妖精族の女が言う。


「あら、仲良しで素敵だと思うのだけれど?」


 もう一人の妖精族の女――こちらは波がかった蜂蜜色の髪を腰まで伸ばし、白金の枝を模した髪飾りを付けた黒紫色のドレスで、フィチより一回りほど年上で、むしろ自分と同年代ほどに見えた――が言う。



「ああ、申し遅れた。私はフィチの姉で第五王女のミァリ=ケーペンツ=ミルシェルファ。ベルティナ陸軍第一師団の参謀上佐だ。宜しく、ユフ=ハウェイズ下佐」


 水色のドレスの彼女――ミァリが手を差し出してくる。


 俺はその手を取って握手する。


「私は第二王女のイシュア=フィンベイト=ミルシェルファ。ベルティナ内務省祭儀局の長官を務めさせて頂いております」


 ゆったりと頭を下げるイシュアに、こちらも無帽礼で返す俺。


「ありがとうございます。小官はユフ=ハウェイズ下佐で――」


「勿論知っているわ。エゼルベシア空中艦隊上層部をやり込めた『尉官たちの叛乱』の首謀者で、フィチが恋い焦がれた人と言うのも」


 フィチともミァリも違う、黒曜石のやじりを思わせる切れ長の複雑な光を映すイシュアの黒の瞳が俺を品定めするようにすがめられる。


「ふふ、確かにフィチが好みそうな殿方ね。わしのような目に、我の強いところがとても」


 イシュアの、ルシェリス女王を思わせる引き込まれそうな口調と表情に、俺は「は、はあ」と呆けた声をあげる。


 瞬間、フィチはぐいと俺の腕に腕を絡めると、俺とイシュアに向かって不機嫌な表情を向けた。


「わたくしの伴侶に変な粉をかけないでください。イシュア姉様もご自身の旦那様がおらっしゃるでしょうに」


「生憎、酒宴には出られないのよ。うちの人は」


 うそぶくイシュアにむぅ、と唇を尖らせるフィチ。


 俺は強まるフィチの腕の拘束で先程のことを思い出し、「フィチ」と彼女を呼び、フィチは複雑に光る虹彩をきらきらと光らせながらこちらに向ける。


「ルシェリス陛下に聖蹟演舞せいせきえんぶの時期を聞かれたんだけど、どうすれば良いと思う」


「……なんでお母様の話になるの?」


 再び唇を尖らせるフィチ。


「でもフィチとユフさんの聖蹟演舞は見てみたいかなあ。何時にするの?」


 ミァリが口にし、イシュアもゆっくりと頷く。


 フィチ本人も「はい」と頷いて、口元に人差し指を当てて少し考えてから、指を離す。


「告知と会場の整備も含めて半月の後、と言ったところでしょうか。後でお母様にもご報告しておきます」


「良いわね。告知や演舞会場周りは私が通しておくわ」


 イシュアが言う。流石に祭儀局の長官と言うだけあって動きは速い。


「ただ」


 イシュアが俺の方を見る。


「盛り上げてもフィチの旦那様がどれだけ戦えるかがわからないのだけれども」


「それは……善処します。義姉上がた」


 まさか訓練を受けていないから戦えないでは済まされないであろう。


 昔の決闘者のように拳銃と剣の腕を磨いて立ち回ろうか。


「ユーフ」


 フィチがにんまりとした笑みを浮かべながら意味深げにおれの名を呼ぶ。


 これは何か企んでいる顔だ。


「先程、わたくしから指揮を奪ったときに、一緒に『スカアハ』の操艦に馴れていこうって言ったよね」


「……ああ」


「それじゃあ交換条件として、聖蹟演舞までに演舞の稽古を付けてあげましょう。これでイーブンだわ」


「そう来るかぁ……」


 ぱぁっと咲きほころぶフィチの笑顔に、俺は頭を掻いた。


 彼女は自分の格好良いところを、自分の頼れるところを伴侶に見せたくて仕方が無いのだ。


 とは言えまだ一七歳になったばかりの少女にとって、二九歳の士官相手に格好を付けて振る舞うなど出来もしない。


 そこに聖蹟演舞の話が降って湧いて、これこそ彼女が俺に対して格好良く振る舞える場だと思ったのだろう。


 良くも悪くもその辺りに屈折が無いフィチは先程の落ち込みようも吹き飛んで、頬を紅色に染めて、うんうんと頷いている。


「良かったな、機嫌が直って」


 ミァリが言う。


「私たちはなかなか姉妹仲良くとは行きませんけど、末の妹の喜ぶ顔が見られるのは嬉しいものですものね」


 イシュアもゆったりと言葉を零す。


「聖蹟演舞の件はこちらで吟味と用意をいたします。フィチもユフ殿も気にせず待っていてくださいね」


「ありがとうございます、イシュア姉様」


「貴女が元気になってくれればそれで良いのよ、フィチ」


「フィチは元気でじゃじゃ馬が取り柄だもんな。シュンとしてるとこっちもしまらないよ」


「もう、ミァリ姉様!」


 年頃の少女らしく振る舞うフィチの姿を見て、俺も少し安堵した。


 会場端の楽団が曲を止め、ヴィオラが長い旋律を弾き始める。


 それがベルティナ国歌だとわかると、参加者たちは一斉に口を噤み、窓の方を眺める。


 国歌の響く中、フィチが羽根を揺らしてふわりと飛び上がり、窓際へ移った。


 窓を前に羽根を揺らして浮く彼女の姿は、お伽噺の聖女騎士のようにも俺には見えた。


「皆様、お集まり頂きありがとうございます。この度は我がベルティナ空中艦隊の新型艦『スカアハ』のお披露目にお越し頂き、誠にありがとうございます」


 フィチは右手を広げ、星明かりの中でエーテル灯の照明を焚く『スカアハ』に手をやった。


「『スカアハ』はかつて魔女の国の禍艦と呼ばれた巡空戦艦であり、皆様の中にも数度の会戦にて純白の禍艦と戦った者が居ることでしょう。ですがこの艦は今や禍血ではなく賢竜ドール・ククラの血をもって天を駆け、共に編入された巡空戦艦『メイヴ』が護国の楯となるのに対して、『スカアハ』いずれはこのベルティナを良き方向に導く槍となるとわたくしは誓います」


 ベルティナ独立と言うセンシティブな言葉を避けて、しかしそれを暗に煽るような文言でフィチは場を沸かせる。


 勇ましいフィチの言葉にある招待客は湧き立ち、またある招待客は眉間に皺を寄せ、と様々な反応を見せている。


 特に軍服やドレス姿の妖精族はフィチの真に言いたいことを理解してかしらずか、フィチの言葉に答えて歓声を上げている。


 一方で官僚や政治家と思しき招待客――その中にはイシュアも居た――は王女の勇ましい言葉に難色を示しているのが見て取れた。


 ベルティナも一枚岩では無い。エゼルベシアを刺激せず、大連合王国ユニオンの傘の下、保護国でいた方が結果的に利益になると考えている者も居ると言うことなのだろう。


 特に禍艦を用いてベルティナを独立させるというフィチの発言は危うさも感じさせる。


 俺も彼女の言うことを支持したかったものの、一方で彼女の危うさは理解していた。


 この危うさをどう拭うか。それが今後フィチに求められるものなのだろう。それには自信過剰かもしれないが、俺の助力も必要になるかもしれない。


 新しい居場所(ベルティナ)では、決して歓迎一色ではない。


 ルシェリス女王、俺、そして『スカアハ』の艦長や乗組員たち。この人々を上手く使い、保護国からの完全独立のためにどう立ち回るか。


 それが今後のフィチと『スカアハ』に求められるものだろう。


 どうする、フィチ。


 そしてどうする、ユフ。


 エーテル灯に照らされた薄緑色の艦体を眺めながら、俺は改めて自分に問うた。

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