第二話 捨てる者あれば
俺、ユフ=ハウェイズが飛空艦に憧れたのはある意味必然だったのかもしれない。
ハウェイズ家は遡ればエゼルベシア薔薇戦争時代まで遡る竜騎兵の家系で、飛竜と共に長弓の放つ矢や銃弾の帯を潜り抜けた先祖も少なくない。
その末裔であり、大型飛空艦の導入と共に海軍に入隊し、間もなく発足したエゼルベシア空中艦隊の中興の祖の一人となったエミリア=ハウェイズを母に、そしてブランダン市立図書館主任司書の父から大戦国時代の伝説の竜騎士ユフの名を付けられた持った俺は、空に憧れない訳がなかった。
竜の血を触媒にしてその魔素によって空を領域とする鋼鉄の巨鯨・飛空艦の存在は俺と同世代や俺より下の世代の子供にとっては当然憧れの的であり、その艦橋に立って空を支配することは多くの子供の夢だった。
そして多くの子供が大きくなり身の程を知って薄れる夢は、俺にとってはいつまでも醒めぬ目標になっていた。雑誌に載った最新鋭艦の進空記事の切り抜き、空中艦隊乗務の軍人たちや造船官たちの寄稿記事、そして長期航行から帰ってきた母の語る空を行く艦の生の話。
そんなものにいつまでも影響された俺は、同じように飛空艦の艦橋に立ち、艦と空を支配することに憧れた者たちと共に空中艦隊士官学校の門を叩いた。
いつかは艦長、そして艦隊指揮艦となるために。
大空を行く鉄の巨鯨を従え、敵艦と華々しく戦うために。
そしてユフ=ハウェイズはエゼルベシア空中艦隊の士官の一員となった。
航行科に入り、目指すべき艦長や艦隊指揮官への道を行くはずだった。
それが自分の目的であり、生きる意味だと思っていた。
だからこそ、飛空艦から下ろされて何もかもを奪われた後、何をしろと言うのだと自分にも声を掛けてきた誰かにも問いたくなる。
俺はもうそれ以外の目標や生き方を捨てて四半世紀を生き、ここまで来てしまったのだから。
地上を這いつくばって何も出来ずに老いるのなら、舌をかみ切って死んでしまいたい。
だが、それすら自分の意志が拒んで出来やしないのだから、不思議なものだ。
空を行きたい。できれば大きく強い艦で。
そしての艦橋に立って、敵と砲火を交えて、あやかられた竜騎士ユフのように名を残したい。
そんな子供のような願いを、俺は歩みながら紡ぎ続けた。
「ハウェイズ君」
エゼルベシア首都ブランダンを東西に貫く地下鉄道。
空中艦隊庁を出て、駅で煤けた空気を吸いながら東行きの列車を待っていると、俺は後ろから声を掛けられる。
十数分前に懲戒免官を食らった人間に何の用だ。心の中で毒づきながら振り向くと、相手はつい先程まで会議室で同席していて、自分の免官に立ち会ったディレン一佐だった。
「何の用ですか」
低い声で問う。
「そう敵意を剥き出しにしないでくれ。私も君の処遇にはあまり承服していないのだ」
「では何の用ですか」
引き留めるならもう遅いし、それ以外に何の用がある。
俺は訝るようにディレンを睨んだ。それにディレンは困った顔をしながら、切り出してきた。
「君はこの先どうする気だ」
そうディレンの放った疑問は無責任なものに思えた。
自分の将来を奪っておきながら、この先どうするかなど聞くのは烏滸がましい。
だがディレンは淡々と続ける。
「エゼル空中艦隊の軍籍はなくなったが、君ほど聡明な士官は飛空艦運用を始める国では客員教官として引く手も多いだろう。君が良いならば私の伝手で空中艦隊庁に入ってきたそれらの職を紹介しても良い」
「生憎ですが、小官は教えることはあまり向いておりません。士官学校時代に後輩にあれこれ教えることは苦手でした」
「それは同期の他の人間と比べてだろう。君は十分教えるに足る才能と、艦を動かせる才能を持っている」
ディレンの言葉は妙な説得力を持って俺に響いてくる。
そのせいで、そうなのか? と自分の認識を疑ってしまう。
大型艦乗り組みばかりで操艦を任されたことなどせいぜい内火艇を任されたくらいなのに、何故かディレンの自信ありげな言葉に、影響されてしまう。
だが俺の、自分を卑下して疑う心がディレンの助言を遮った。
「何故一佐はそこまで小官に眼をかけて頂けるのですか? 小官はディレン一佐の下に着いたことはありませんし、一佐にお声がけして頂くほどの功績を立てたこともありません――今回の件も私憤からのことですし」
「君のこれまでの経歴と報告書の内容、それに私の眼がそう言っている」
自らの灰色の眼をとんとんと指さすディレンに、俺は拍子抜けすると共に、目の前の男に胡散臭さを覚えた。
「私は軽い魔法視でね。君の行く末がなんとなく見える。君は遠からず艦上の人に戻っているよ」
「はぁ……」
魔法視なんてどれ程宛になるか。魔法視の人間の見る未来は簡単に変わってしまうことなどよくある話だ。
それでもディレンの手は俺の肩を掴み、口元を緩めて語りかけてくる。
「捨てる者あれば拾う者有りだ。君が艦上の人に戻りたいなら私を頼ってくれ」
俺が妙な声を出していると、蒸気機関車に牽かれた西行きの列車がホームに滑り込む。ディレンは肩から手を離し、西行き列車に向かって歩き出す。
「覚悟が決まったら私に声をかけてくれ、期待は裏切らないよ。ハウェイズ君」
力強くそう口にしながら手を振って、ディレンは列車に乗り込んだ。
客車のドアが次々と閉まり、西行き列車が走り去って行くのを眼で追う。俺はディレンが何故あんなにも俺のことを気にかけてくれていたのかが気になっていた。
同じ空中艦隊に所属していても、俺とディレンは乗務する艦が異なったことや、ディレンは魔女戦争の後は庁舎勤務が主であまり接点はないのだ。
せいぜい親友が魔女戦争中にディレンの麾下に居たくらいで、自分自身は彼の麾下に居て、実際に仕事を見せたわけではない。
なのに何故彼は俺にあそこまで融通を効かせようとしてきたのか。
「本当に魔法視に従ってくれたのかね」
もしそうだったら博打とお人好しが過ぎる。俺はディレンに感謝すると共に、彼が少しだけ心配になった。




