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第一九話 入港とひずみ

 ベルティナの小高い丘陵を跳び超え、大河沿いに栄える王都ラダナイヤの街が見えたのは日が丁度高く昇った頃だった。


 エゼルベシアと似て非なるバターカップの咲き乱れる丘陵の景色は俺には目を見張るもので、『スカアハ』は二隻の駆逐艦を引き連れてその上を飛び、ここまで辿り着いたのだ。


 ラダナイヤの街もエゼルベシアのどの街とも違う、独特のオレンジの瓦と漆喰塗りの壁、そして煉瓦で造られた明るい色調の街だった。


 無線室の受話器が鳴り、俺はそれを取った。


『ラダナイヤ鎮守府より、『スカアハ』はこのまま高度を落として市内に進入し、高度四〇〇シルケ(二〇〇メートル)で王城北の『ダン・スカー』の上空に係留とのことです』


「よしきた。市内の空図は?」


「それよりわたくしが水先案内をした方が早いわ」


 フィチが提督席を飛び降りて口にする。


「ラダナイヤの空はわたくしの庭のようなものだもの。子供の頃から何度も飛んで覚えてしまったわ」


 複雑な色味で光り小刻みに震える背の四対の羽根が、彼女の興奮を物語っていた。


 これは無碍にも断れないだろう。


「そこまで言うなら、案内お願いします」


「わかったわ」


 えへん、と咳を払ってフィチが声を張り上げる。


「それじゃあ取舵二〇、下げ舵一〇! そのまま聖ポーレン大聖堂の上を飛ぶわ!」


「いや待て! 取舵五、下げ舵五! 右舷主機・補機を原速後進!」


 俺は慌ててフィチの指示を取り消し、操舵手と伝達手は俺の指示を復唱して舵を切り、テレグラフを鳴らす。


「ユフ! なんで邪魔するの!」


「これは巡空戦艦だ!」


 相手がフィチであることを忘れて、怒鳴りつけるように絶叫する。


「艦は大型になればなるほど、舵を大きく取った時の惰性が大きくなるんだ! 送迎艇みたいに前進しながら大きく舵を取れないんだよ!」


 そう。大型艦は舵利きの惰性が大きく、一度舵が乗ってしまうと簡単には戻せない。


 大型艦の場合、小回りを利かせて転舵するには大きく舵を切るのではなく、機関の反転を使いつつ徐々に高度を下げるのが定石だ。


 ましてや『スカアハ』は速度と大きさの兼ね合いで舵の利きが飛空艦の中で一番悪いと言われる巡空戦艦だ。


 浮かれて大型艦の飛ばし方を忘れていたのかもしれないが、まだ速度を殺し切れてない中で大きく下げ舵を取れば、より速度が乗って降下が急になる。


「しかし、もっと殿下に対して他に伝え方はなかったのか? ハウェイズ」


 アルカが怒気を込めた声で言う。


「あっただろうが、そうしたら最悪ラダナイヤの街に『スカアハ』が墜ちていた」


 俺の低く唸るような指摘に、アルカは渋面を浮かべた。


 アルカも俺の言うことを理解できていたらしい。


「……わかったわ。わたくしの指揮が悪かったということね」


 フィチが重い声色で呟く。


「ユフ。わたくしは水先案内だけを担当するわ。艦の指揮は引き続き貴方が執って」


「わかりました」


 艦は俺の指揮のもと聖ポーレン大聖堂の屋根と尖塔の上を飛ぶ。


 徐々に高度を下げてベルティナ王宮が見えたところで主機をカットし、補機と竜血機関だけで推進するようにした。


 浮揚待機出力の六〇ケーヴェルを保ちながら『ダン・スカー』のまだ真新しい煉瓦造りの係留塔に『スカアハ』は接岸する。ロープ銃を使って舫い綱が投げられて、『スカアハ』の艦首は係留塔にしっかりと固定される。


 その間、俺とフィチの間には気まずい空気が漂っていた。


「やっぱりお見事ね。ユフ」


 フィチが沈んだ声で呟く。


「……さっきのはフィチが大型艦の飛ばし方を知らなかったのが原因だった。大型艦の飛ばし方をこれから勉強すれば良いさ」


 俺は精一杯取り繕う言葉を紡ぐ。


 が、それでも彼女の受けたショックをそそぐには足らなく、ばつが悪そうな顔をしたままフィチは艦橋を後にするのだった。


「ハウェイズ」


 アルカが眉根に皺を作り、厳しい口調で言う。


「お前の指揮は正しかったし、艦を岸壁に付けるのも初めてとは思えないほど鮮やかだった」


 そして彼女は俺の方に向かってきて、ぐいと襟を掴む。


「だが、せっかくのベルティナ入りでフィチ殿下を失望させるとは何事だ! 貴様には殿下の伴侶として殿下を立てると言う気が無いのか!」


「俺は彼女の伴侶である前に空中艦隊士官だ! 誤った操艦を見逃せると思うか!」


「そういうところだ! ハウェイズ!」


 吠え立てる俺にアルカは吐き捨てるように叫び、襟を手放す。


「お前は正しい。だが人がその正しさで傷つくことを知らないのだな」


「正しかろうが正しくなかろうが、艦とその乗員の命を俺は預かっていたんだ。悪手を打つことは許されなかっただけだ」


「そして飛ばし方を今度教えると言って取り繕ったつもりか」


 アルカが呆れたように言う。


「殿下の指示が誤っていたとは言え、貴様の対応も同じだけ誤っていたと心得ろ。ユフ=ハウェイズ」


 そう残して、アルカはフィチを追って歩き出す。


 俺は艦橋に残されていた。


「あの、回航長も殿下を追った方が良いんじゃないですか……?」


 伝声管前に立つ妖精族の兵が俺を見上げながら躊躇いがちに口にする。


「わたしたち妖精族って同族の心の動きがわかるんです。やっぱりフィチ殿下、回航長に良いとこ見せようと思ってウキウキしてたのに、回航長に叱られてから凄い気落ちしてたんで、ちゃんともっと、謝って励ました方が……」


「……交替の者が来るまで、最高責任者が艦橋を離れるわけにはいかない」


「……真面目ですね、回航長は」


 妖精族の兵が投げたその言葉は明らかに皮肉交じりだったが、俺の立場がフィチから与えられたもので、俺自身がこれを全うする責務がある。


 この責務を全うしないで投げ出すのは、それこそ艦を預かる者として失格だ。

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