第一八話 『スカアハ』回航・途上にて
「そう言えば回航長や機関長はベルティナは初めてですよね」
ベルティナ海峡を巡航速力で南下する『スカアハ』の艦上で、俺は兵にそう聞かれる。
「そうだな」
俺は窓外を見る。
先に出港した『ブロッサム』と『サンフラワー』の二隻の駆逐艦が『スカアハ』を挟むように先行する護衛航行の訓練を行っており、この二隻は実際『スカアハ』の護衛としてフィチの指揮する戦隊に加わるのだということだ。
「レッチュ下佐はわからんが、俺は何度かある。士官学校卒業時の時に練習艦に乗って彗州一周航行に出た時、最後に石炭と竜血補給でパニデの港に寄ったし、魔女戦争の時やその後に何度かベルティナの港に補給や合流のために寄った」
「上陸は?」
「出来てない。いつも上陸の予定が無かったし、補給の手伝いでてんやわんやだったから」
「それは行ったことが無いと同じよ、ユフ」
提督席に座っていたフィチがぴしゃりと断言する。
「それじゃあ行ったことが無い。ベルティナの要港部に配備されたことも無いしな」
「ではベルティナ初心者と言うわけですね」
そうなる、と俺。
遠方の港には何度も上陸したことがあるが、意外と近隣のベルティナには上陸できたことはない。
近隣過ぎるのも原因だろうが、空中艦隊勤務者にとっては近すぎて遠い世界なのだ。
「じゃあ回航長や機関長たちがベルティナに着いたら何をするか、決めましょうか」
ぽん、とフィチが手を叩く。
「皆様、ベルティナの素晴らしい場所や食べ物をご紹介出来ます?」
フィチのその号令一つで艦橋の中がさざめき、すぐに左右の主プロペラと竜血機関の重低音をかき消す程の騒めきになる。
「ラダナイヤだとどこがいい? 聖ポーレン大聖堂?」
「ブランダン出身の回航長だとあそこはそれほど驚かないだろ」
「ドール・ククラの神殿とか――でもドール・ククラに会ってるんだよな、回航長も機関長も。そうなると神聖さ半減か」
「やっぱ下町じゃないかな。インシー横町とかに連れて行けば竜料理とかも食べられるし」
「でも竜料理が口に合うか? 二人とも普通の人なのに」
艦橋要員の間で次々と名所が上がっては検討される。
「ユフには何かリクエストありますか?」
フィチが提督席から身を乗り出して顔を覗き込んでくる。
そんなことを急に聞かれても、俺は荷物を詰めることに精一杯でベルティナのことを全く調べてこなかったのだ。
ベルティナのこと、と少し考えて、ちょっとして思いつく。
「『飛空艦の父』――マスカーム大司教の墓とか?」
フィチが目を丸くする。多分自分が考えていたのとはだいぶ違う答えが出てきたからだろう。
天空に聳える天上人の城塞と空飛ぶ船を舞台にした冒険風刺小説を著した大司教であり、後の世に生まれた竜血機関を用いた飛行機械の名を彼の冒険小説に因んで『飛空艦』と名付けたことから『飛空艦の父』と呼ばれる人物。
飛空艦乗りとしては彼の墓参はなんとなくしてみたいと思っていたのだが、今までは思うだけに終わってしまっていたのだ。
フィチはくすりと笑うと、俺に言う。
どうせそんなとこまで飛空艦が出てくる、飛空艦バカと取られたのだろう。
「マスカーム大司教のお墓はラダナイヤの聖ポーレン大聖堂にあるから、ベルティナに渡って一旦落ち着いたらわたくしと一緒に行きましょう?」
「うん」
こればかりは快諾する。
「それなら門前町は絶対に寄るべきですね! 門前町のラダナイヤ風オムレツの美味い店紹介しますよ!」
「竜串屋の屋台も良い店とぼったくりを教えておきますね!」
「そういや回航長はエールとウィスキー、どっち派ですか?」
時を置かずに次々と艦橋要員たちから声が飛ぶ。
俺はその声たちに圧されながら、「ああ、うん」と曖昧な言葉を漏らした。
「ユフ」
フィチが俺の名を呼ぶ。
助け船を出してくれるのか。
「エールとウィスキー、どちらが好き?」
違った。フィチも俺を圧す側だった。
「……どっちも好きだよ。パブで呑むならエール、家で呑むならウィスキーだけど。家で呑むときが多いからウィスキーかな」
流石に飲み屋で引っくり返るほどのジンを呑んで、前後不覚になりながら辻馬車に乗せられるのも良い、なんてのは伏せておく。
そんなことを言えば提督席横のアルカに何を言われるかわからない。
「それならお姉様や侍従にユフの口に合うウィスキーを教えて貰わないと。わたくし辛いお酒が苦手なので……」
「おいハウェイズ。あまり殿下に火酒を飲ませるなよ。妖精族は蒸留酒に弱いのだから、引っくり返ってしまう」
「わかってるよ。俺もお前の元締めとかには怒られたくないしな」
「別に良いでしょう、ユフの趣味に付き合うのなら」
ぷぅ、と頬を膨らましてアルカに抗議するフィチに、俺は苦笑する。
「エールはともかく火酒は本来殿下の年齢では嗜まれるものではありません。弁えてください」
「炭酸水割りなら呑んでも良いでしょうに」
「ダメです」
きっぱりと否定するアルカ。しかしフィチはそれでもと迫り続ける。
せめて自分の舌に合うベルティナのウィスキーと行きつけにするジンパレスだけは自分で探すかと思いながら、俺は艦橋の窓を見る。
水平線の向こうにはうっすらと肉眼でもエゼルベシア本島と、ベルティナ島の島影が見える。
もうすぐあの島に着くのだ。そう思うと少しだけ胸が高鳴った。




