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第一七話 『スカアハ』回航・出港(下)

 窓外では上空の『メイヴ』は既にベルティナ軍艦旗と出港信号旗を上部と下部の両方のマストに揚げながら出港し、小柄な二隻のフラワー級艦隊駆逐艦がそれに続くようにして、マストに旗をするすると揚げている。

 

 もうすぐ高度四〇〇シルケ(二〇〇メートル)、リッドマス鎮守府の出港高度だ。


 出港コースに乗って「舵戻せ(ミジップ)、両舷副機関停止、竜血機関制位置。下部マスト下ろせ」と言うと、俺はフィチの方を向く。


 俺の出港指揮を見入っていたのかもしれない彼女は、急に俺が顔を向けたことに、きょとんとした表情を浮かべている。


 いつも彼女の突飛な行動に驚かされているのだ。たまにはやり返しても文句は言われないだろう。俺はそう思いながら、言った。


「旗揚げの命令は殿下がお願い致します」


「ええ?」


 急に指揮を振られたので驚く彼女だが、そもそもこの飛空艦の主は彼女なのだ。


 彼女の艦には彼女自身の号令で旗を掲げさせたい。


 俺と、乗員たちの視線がフィチに一斉に向く。


 フィチはしかし、状況を飲みこむとアルモニカにも似た、凜と済んだ声をいっぱいに張り上げた。


「軍艦旗、出航信号旗、王女座乗旗を掲げよ!」


 わあ、と艦橋が一瞬湧き上がると、妖精族の兵が伝声管に今の下令をすぐさま伝達する。 王女座乗旗を掲げてこそ、この艦はフィチの槍たり得るのだ。


 隣のフィチを見ると、興奮のせいか彼女の尖った耳が少しだけ赤く染まっている。


「よくやりました、殿下」


「お褒めの言葉ありがとうございます。胸がどきどきして、癖になりそうです」


「なんなら出港の際はいつもお願いします。艦長にお会いしたときそう伝えます」


「ええ、お願いします」


 頬まで林檎色に染めたフィチが返す。


 唇を奪っても平然としていた彼女も、艦橋に立って下令する高揚感は別物なのだろう。


 現に自分も今事故がないように平静を保とうとしているが、その下では鼓動が高鳴っている。


 興奮も覚めやらぬうちに、三度通信室からの受話器が鳴った。


『出港許可出ました。出港後は高度一八〇〇シルケ(九〇〇メートル)を保ち、シュナイダー・バンク灯台船を経てエゼルベシア領空より離脱せよ、とのことです』


「了解。出港後は高度一八〇〇シルケを保ち、シュナイダー・バンク灯台船を経てエゼルベシア領空より離脱、で良いな」


 受話器台に付けられた黒板にチョークで復唱しつつ内容を殴り書く。受話器の向こうから肯定の返答が聞こえ、かん、とチョークで黒板を叩くと、俺は空図台の方を向く。


 航海科の山羊頭族ゴートヘッドの男性尉官は既に航海計画を書き上げていたようで、やりきった顔で俺に空図台の上、鉛筆の線の入った空図を見せる。


 ラダナイヤまでの巡航速力も転換点も書き込まれた空図を見て俺は頷くと、ついにその言葉を口にする。


「主機関及び副機関、微速前進。竜血機関、微速前進! 昇降舵上げ二〇! 『スカアハ』出港する!」


 その瞬間、興奮が艦橋を包み、俺の頬もいつの間にか緩んでいた。


 一掃排気式の蒸気エンジンがやや早めのリズムを刻み、艦体後部の大きな二重プロペラと、補機のプロペラが空を掻く低い音が艦橋からでも響いてくる。


 さあ、出発だ。


 リッドマス鎮守府の停泊艦を見送りながら、俺は俺自身とこの艦のまだ見ぬ自分の祖国に向かって、艦を走らせるのだった。


「いざ向かいましょうか、我らが祖国。誇り高き妖精族の国、ベルティナへ」


 フィチが艦橋の手すりに捕まり、そう宣言する。


 その横顔は凜として、そして誇らしげに見えた。

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