第一五話 『スカアハ』回航・機関室の主
舷梯を渡り、『スカアハ』艦上に立つと、改めてこれがあの純白の禍艦だったのかと思うほどに賑やかで陽気な雰囲気が漂っていた。
「艦橋へ登る?」
「いや、機関室に。一応回航長だから、機関長と顔を合わせておきたい」
俺は首元の青色のリボンタイの金具を締める。
賢竜と機関長には話を通しておかねばならない。
巡空戦艦の機関長ともなれば機関一佐――ベルティナ風なら機関上佐か――なので、立場はこの飛行だけは俺が上だが、階級はあちらの方が上だ。この飛行のためにも、今後のためにも、挨拶ぐらいはしておかなければいけない。
先日フィチに貰った『スカアハ』の見取り図を頭に叩き込んで、艦内配置をあらかた覚えておいたのが役に立ったのか、それとも広い艦に乗員が馴れるように艦内案内が張ってあったのが功を奏したのか、迷わず艦体下部の機関室に辿り着いた。
機関室の重い密封扉を開けると、鈍い銀色に輝く竜血機関のポンプと霊素燃焼函の前に二人の影が立っていた。
片方は作業服に似た暗い紺色の軍服で、もう片方は機関室には似合わない白とココアブラウンのツーピースを纏っている。
ツーピースの少女のスカートの下から白い鱗の生えた尾が覗いており、左右に振れている。ドール・ククラだ。
もう片方の人影が機関長なのだろう。
俺は通路を渡って竜血機関の前の二人に声をかける。
「どうも、機関長。ドール・ククラ様」
「おお小僧か」
振り向きざま、ドール・ククラは愉快げに声をあげる。
もう一人の人影、刈り込んだ栗色の髪をした中年ほどの男も顔を向ける。
中性的な様相で、若い頃は女性から浮名を流したかもしれない容貌ながら、機関区の男らしく蒸気機関の火焔と高温で肌は赤銅色に焼けており、かえってそれが頼もしさを感じさせる。
「回航長のユフ=ハウェイズ下佐です、機関長」
「……機関長のオスカー=レッチュ機関下佐だ。宜しく、回航長」
男――レッチュは控えめながら、機関室の騒音の中でもよく通る声で言う。機関区の人間は皆機関の騒音の中で働いているのもあって、普段の声もよく通る。
しかし、機関下佐という階級と名字の響き、そして彼のエゼル語の響きに俺は引っ掛かる。レッチュも俺の機微に気づいたのだろう。小さく首肯してから口を開いた。
「アウストムネシア人だ。この『エクシステンツ』――『スカアハ』のエゼルベシア回航で乗艦して、その王女に拾われた」
「ユフ」
フィチが少し不安げに耳打ちするが、俺もそのくらいは解っている。
「小官もレッチュ下佐も、ライケン会戦では互いが互いの攻撃で多くの身内が死んでるはずだ。だが、今はフィチ王女の旗の下に居る者同士だ。宜しくやろう」
「……それは同意する。これからもよろしく頼む、ハウェイズ回航長」
そして俺は竜血機関を見やる。
濃縮竜血と直接関係の無いポンプ機構一つ見ても、手堅く纏めたエゼルベシアのものとは違い、より軽量で効率の良さそうな未知の機構を使っているのが解った。
「このポンプは随分小さいが、動力は竜血燃焼式か?」
「ああ。蒸気式よりは小型に出来るし、機関自体の竜血を使えるからな。燃焼函の始動機も竜血燃焼機関を使ってる」
「ポンプ本体も鍛圧部品を溶接しているのか。確かにこれなら鋳造の蒸気ポンプよりは軽量だし整備も楽だが――使い勝手がエゼルのものとはまるで違うだろうな」
「蒸気機関も見せてもろうたが、一掃排気型の機関じゃ。いやはやベルティナが買ったエゼルの艦とは全然違う」
ずいとドール・ククラが割り込んで来る。
彼女の言いぶりからして彼女自身も飛空艦に相当通じているようだ。楽しそうに蒸気機関の仕組みを話しているのだから、こっちの話にもついてこれるクチだろう。
「一掃排気型は一時期こっちやメロヴィスの駆逐艦も試したが、蒸気吸入弁やカムの耐久とシリンダ内のウォーターハンマーが解決できずに放棄したからな。大型艦にまで積極的に使ったのはそれこそアウストムネシアだけだ」
「成程のう。となるとやはりこの艦も吸入弁周りを鍛圧部品にしておるのかや?」
「そうだな。鋳造はどうしても強度や公差が問題になる」
「機関部員は弁の仕組みやカムシャフトの調整はわかっているのか?」
「教えているが、まだ不安が残るな。もう少し訓練時間を持てれば仕上げられると思うが」
「そうね! 流石は皆飛空艦に通じているだけあるわ! 貴重な意見ね!」
フィチは俺たちの会話に着いていけていないのか、どうにも妙なタイミングで妙な感想を述べる。
アルカがフィチに恥を掻かせるなと視線で抗議してくるが、俺に言うなと視線で返す。
だがフィチが言いたかったであろう、この艦にはレッチュを必要とする意味は俺には十分に伝わっている。
ようはこの艦はエゼル式の飛空艦と何もかも違う。ベルティナの機関士官には扱いかねる。
だからこそアウストムネシアの艦に馴れた機関員や機関士官による教育が必要だと言うことだ。
『スカアハ』をフィチの槍として仕上げるには、俺を含め、かつて敵だったり、人ですら無い多くの者の協力が必要となる。
そしてそれらを飲みこんで立つフィチに、改めてこの艦の主としての風格を感じるのだった。
「機関の運転試験は?」
「前日に浮遊待機試験とクラッチを切った状態での蒸気機関の馴らしを行ったが問題は無かった。この回航が実質の公試になる」
「成程な」
となると、自分にもレッチュにも余計に重圧がかかってくる。
竜血機関の問題もだが、馴れないデリケートな機関を故障させたとなれば大問題だ。
お互いに何も起きないように尽力しよう。
俺はレッチュとフィチの眼にそれぞれ視線を送り、互いに首肯した。
「大丈夫じゃ、何も起きんさ。お前さんらもこの艦の乗員も皆聡いからな」
ドール・ククラが愉快そうににたりと笑む。
飛空艦好きの賢竜が言うならば間違いないだろうと、俺は「よろしく頼む」と言うと踵を返す。
そして、ふと思い出してまたレッチュの方を向いた。
「レッチュ下佐」
俺の表情を見て、やはり彼も何か悟ったのだろう。表情が見る間に険しくなる。
「アウストムネシアの濃縮竜血について、あんたは何か知っているのか」
「何も」
レッチュは首を横に振る。
「あれを詳しく知っていたのは濃縮竜血の専門教育を受けた機関士官や技官だけだ。俺たちは何も知らないままそいつらに従って機関を動かしていた。そいつらは戦争が終わると共に、皆姿を消すか、死体になってた」
眉に寄った皺と声色に、レッチュ自身もあの濃縮竜血と、それを巡る環境に暗い影を落としているのだろうと言うことは容易に想像できた。
「話してくれてありがとう」
俺は再び脚を扉の方に向け、機関室を出る。
禍艦は敵国の乗員だけでなく、その艦内で自らを動かす乗員すら痛めつけていた。
この『スカアハ』を再び禍艦にしてはいけない。
俺はそう誓って艦橋への通路を歩む俺に、フィチが声をかける。
「そう張り詰めなくても大丈夫よ、ユフ。この艦は誰かを踏みにじる艦には二度とならない」
フィチのその凜とした言葉は、俺には何より頼もしく思えた。




