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第一〇話 巡空戦艦『スカアハ』・上

 リッドマスは首都ブランダンの郊外に位置し、かつては少し離れた所にあるディヴサイド軍港の補助海軍工廠として創業していたが、今ではエゼルベシア空中艦隊の主要港かつブランダン旗艦艦隊の母港として機能している港だ。


 リッドマスの港湾部に入るとあちこちから蒸気機関の排気と槌音が響き、浮遊状態で留められた竜血機関の低い駆動音が輪唱のように響く。


 車窓の外には地上に降りて船渠に収まった巡空艦や駆逐艦が見え、本棚に並べた不揃いの本のように係留塔から一列横隊で係留された駆逐艦の隙間からは、より高い空を編隊を組んで飛ぶ竜騎兵隊の飛竜の群れと、低く飛ぶ海人鳥族セイレーンの伝令兵の姿が覗いた。


「ユフ、リッドマスに来て嬉しいんでしょう?」


 フィチに指摘されて俺は思わず振り向く。


「ブランダンを出た時はあまり嬉しそうな顔をしていなかったのに、リッドマスに入った途端に口の端が吊り上がって、眼も輝いていますよ」


 翠玉色の眼を細め、ふふ、と笑む自分より一回り近く年下の少女に俺は「ああ、うん」と狼狽えながら答える。


「まあ、気分が晴れたんだ。ブランダンに籠もるよりは飛空艦の見える場所の方が気が晴れるんだろうな」


「本当に飛空艦が好きなんですね」


 フィチは自分を見てころころと笑う。俺はそれを少し恐ろしいな、と感じた。


 自分がわかりやすかったのもあるのだろうが、表情からすぐに自分でも気づかなかった気持ちの変化を見抜いたフィチの観察眼と機微を読む力は相当なものだ。


 確かにこれは戦士――現場指揮官としては優れた才能だろう。


 巡空戦艦を任せられたというのも王女の肩書きだけではなく、資質があってこそと言ったところか。


 やがて大型艦用の船渠の前で馬車が止まる。


 船渠の前にはエゼルベシア空中艦隊の紋章の馬車も幾つか乗り付けられており、俺とフィチ、そしてアルカが馬車を降りると、槌音と穿孔機の音が鳴り響く船渠の中へと入って行く。


 アルカの差し出した書状で船渠護衛の兵たちが慌てて敬礼を取る。


 きっと俺も彼らにはベルティナ王女の使節団の一人とみられているのだろう。俺も昨日の昼までは慌てて敬礼をする側だったのに、立場というのはたった一晩でコロコロと変わるものだ。


 船渠の中に収まっていたのは、昨日見たテネブライ級より二回りほど小ぶりな主砲塔を備えた、三本煙突の俺もよく見知った巡空戦艦だった。


 色はエゼルベシアの薄青からベルティナの薄緑に塗り替えられているが、何度も見た艦影は忘れない。


「オーディシャス級か。良いじゃないか」


 エゼルベシア空中艦隊の第一.五世代型巡空戦艦。かつての俺の乗艦でもある『イレジスティブル』の同型艦だ。


 武装こそ小口径の六一リーム(三〇.五センチ)砲ながら、それを連装五基装備し、快速かつ使い勝手の良さから魔女戦争中はよく各地に派遣された優秀な艦だ。


 艦の舷側の紋章もエゼルベシア国章が塗り潰されてベルティナ国章に変えられており、元の艦名もわからないが、艦首の副砲のスポンソンが無いから『オーディシャス』か『ベレロフォン』のどれかだろう。


「ベルティナに巡空戦艦をはじめとした余剰艦を譲渡するってのは聞いていたが、オーディシャス級だったのか」


「ええ。これはベルティナに引き渡された後、総旗艦の『メイヴ』となります」


『メイヴ』? 俺はフィチの言ったことに首を捻る。


 彼女が俺に乗ろうと言った艦は別の艦名のはずだった。


「これは空中艦隊中将――アマーリア叔母様の乗る艦です。わたくしたちの乗る『スカアハ』は隣の船渠に居ます」


 さあさ、と手を引かれて船渠を隔てるトタンの高い壁を潜ると、その『スカアハ』の艦影が目に入った。


 瞬間、俺の肌がぞくりと粟立つ。


 今こそ艦体はベルティナ空中艦隊の薄緑に塗られているが、そいつは間違いなく俺の知っている艦だった。


 俺はかつてこいつを間近に見ている。


 ライケン会戦。


 あの雷雲の立ちこめる戦場でこの艦は俺の目の前を横切り、それに俺は恐慌した竜の抱いたような得も言えぬ恐怖を抱いたのだった。


「こいつは……禍艦じゃないか」


「はい」


 フィチが艦の前に立つ。


「元アウストムネシア帝国空軍、アウフクレールング級巡空戦艦三番艦『エクシステンツ』。改めベルティナ空中艦隊の巡空戦艦『スカアハ』です」


 そう誇らしげに言うフィチの笑顔に、俺は戦慄と軽蔑を覚える。


 フィチ、お前も禍艦に憑かれているのか。


『ディオーネ』の例を知って俺を迎えておきながら、『ディオーネ』以上に危険な本物の禍艦に手を出しているのか。


「エゼルベシア空中艦隊の戦利艦を譲渡してもらいました。向こうは持て余して鉄屑同然で扱っていますが、アウストムネシア艦隊では最新鋭だった艦ですから――」


「……悪いが禍艦憑きに貸せる力は無い」


 俺は顔を伏せ、帽子を目深に被り直す。


 アルカが眼を細め、何かを言おうとするが、構わない。


 禍艦に――人を狂わす呪われた艦を指揮する気など俺には起きない。

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