ヒデオとの会談
「少人数、とはうかがっていましたが」とジャッジが言った。「まさか、たった二人で来られるとは思いませんでした」
「カカ。わしごときが野盗にやられたところで、代わりはいくらでもおるわいな」
とヒデオは笑う。
彼の後ろに立っている男——農民のような服を着た男は、ごく普通の人間に見える。
身長はヒデオより20センチほど高いが、それでも170センチ程度。体格も平凡。先日、ミツーナといっしょにウラキアへやってきた武装兵たちよりも弱そうだ。
しかし武術の達人というものは、もちろん身体操作の達人だ。格上の相手が本気で実力を隠そうとしたら、それを見破ることはできない。
ジャッジは言う。
「お帰りの際は、こちらの人間を護衛につけましょうか? そのことをダーヌ王国に知られてしまうと、ウラキアは少し困ったことになりますが、先に話を通しておくなら、不可能ではありません」
「ああ、ああ。そんな手間をかけさせるつもりはないわ。この町からダーヌまで、馬で何日かかる? わしらは今日のうちに退散するわい。帰りはまあ、どうにかなるじゃろ」
「とはいえ」
「代わりはいくらでもおる。わしが道中で倒れてもウラキアのせいにはせんように、うちのリンダ・ミツーナにも、しっかり言うておいた。言われたことをそのまま心得てくれるのが、あいつの取り柄じゃ」
裏口から出ていったジャッジの部下が、鉄瓶とカップを盆に乗せて戻ってきた。
彼は湯気の立つ液体を二つのカップに注ぎ、ジャッジとヒデオの間のテーブルに置いた。
ヒデオは「かたじけないの」と言ってからカップに手をのばし口をつけた。そして、「うまいのう。熱さもほどよい」とつぶやいた。
ジャッジは愉快そうに笑った。
「東の方は、なんというか、捨て身で事を成される方が多いのでしょうか。であれば、うちの兄弟とも気が合うかもしれません」
「ほう。高名なウラキア兄弟会にそこまで評価されるなら、わしらの値打ちもずいぶん上がるわ。まあ、それくらいがんばらにゃあ、アブナガ様に顔向けもできんし、や、さっそくいい土産話ができたわ」
「ちなみにこちらは、影に生きる者を壁の向こうに控えさせておりますが、気を悪くなさらないでください。ウラキアの慣習です」
「ああ、スールアにもそういう者らはおるわ。気づかい無用。ちゅうか、ムリに押しかけておいて人払いせえとは言えんわな」
そう言ってからヒデオは、顔を大きくしかめた。
「しかし、西のほうでコソコソやっちょる奴らは許せんのう」
「と、おっしゃいますと?」
「斧が粉々になった話は、わしもリンダから聞いちょるわ。東も西も、いずこも同じ。タチの悪い商人はおるもんじゃのう。いっぺんしめあげてやらにゃあいかんと思うんじゃが、どうかの?」
タチの悪い商人。
ジャッジが調べたところによると、ハルマニアの商人ギルドがハルマニア軍とアブナガ軍の両方に武器を売って儲けようとしているのは、どうやら本当のことだったようだ。
しかし、蹴っただけで粉々になるほど粗悪な鉄器を売りつけようとしていたわけではないだろう。それは俺のハッタリスキルとジャッジの口上でつくりだされた濡れ衣だ。
「むろん、この町に店を構えとるもんに手を出すつもりはない。ただ、商人ギルドの上のほうをな、ちいとばかりキレイにしておくのは、ウラキアにとってもええことなんじゃあないかの?」
ジャッジは何も答えなかった。
何も語らず、ただ微笑んでいるだけだった。
ヒデオは破顔した。
「わかっちょるわかっちょる。力を見せつけられてそのまま兵を退いたんじゃあ、こっちの面目も丸潰れになるからの。ウラキアの皆様が、わしらの顔を立ててくれたことはわかっちょる。ありがたいことじゃ」
「恐れ入ります」
「いやあ、さすがにウラキア兄弟会のもんは、若いのに人間が練れちょるの~。うちのリンダにも見習わせたいもんじゃて。奴めは有能じゃが、そういうところに疎いからのう」
互いに微笑むジャッジとヒデオ。
ヒデオがジャッジから視線を外し、南の窓のほうに眼をやった。
「ここもアレか。かのイーサ帝国の拠点じゃった町か」
「ええ。何百年も昔に放棄されたようですが」
「ネオイーサの近くにも、誰もおらん石の町があった。鬼の棲む町。魔の棲む町。そんな噂もあるの」
「都のまわりには、得体の知れない場所がいくつもあります。東の——」
「ウラキアにもあるようじゃのう」
「……ええ。もちろんこのあたりにも、古代の廃墟はいくつかあります。こちらの人間は「ルイナ」と呼んでいますが」
「東でもそう呼んじょる。たいそう大きな国じゃったんじゃのう」
そう言ってヒデオは視線を動かした。窓のない、西の方角を見ている。
「イーサ帝国の廃墟に興味が?」
とジャッジが尋ねた。
「ああ。わしではなく、アブナガ様がな。あの方は、イーサ帝国の首都であったところまで行かれるおつもりじゃ。その先は、わしにもわからん」
「帝国の首都……今はマウル王国の領内ですね」
「あの方は、行くと言ったら必ず行かれるお人じゃわ」
「平和的に訪問する、というわけにはいかないのでしょうか。ダーヌ王国やマウル王国と、きちんとした外交関係をつくりさえすれば——」
「そういうふうに、ならんもんかのう……」
とヒデオは肩を落とした。
ジャッジは、少し驚いたような顔をした。
「……まあ、ウラキアが口をはさめるような話ではないかもしれませんが……おだやかに事を運べるような時が来れば、協力は惜しみません」
「心強いのう。わしは、アブナガ様のようにはなれん」とヒデオは言った。「まわりの敵さえいなくなれば、ネオイーサの都で余生を過ごしたい。小さな男じゃ」
「敵を作りすぎです」
「ハハ。そう言われてしまうと、返す言葉もないのう……おお、ネオイーサといえば」
「はい?」
「さすが千年の都じゃ。あそこには、どえらい絵がある。人の姿を、あれじゃ、そっくりに描いた」
「肖像画、ですか?」
「それじゃ。まさに活くるがごとし。ああいった絵は、このウラキアにもあるんか?」
「ありませんね。都をごぞんじの方が興味を持たれるような物は、この町には何もないと思いますよ」
「いや、謙遜すな謙遜を。そういえばあのリンダの奴めはな、これが謙遜というものをまったく知らん女で、このあいだも北部の部将に——」
その後も、ヒデオの話はあちこちに飛びながら延々と続いた。
時おり、ジャッジが慎重に言葉を選ぶような話もあるにはあったが、残りはただの世間話に聴こえた。
ウワラの巨大森林の件について問い質すタイミングをなかなかつかめず、ジャッジは困っているようだった。




