テヤトミ・ヒデオ
ヒデオが町に来るという日。
俺とジャッジは、町の南東区画にある物見櫓の上から、防壁の外をずっと眺めていた。
ヒデオとの約束の時間は、「日の光があるうちに」という大雑把なものだった。
水を何度も飲み、時刻が正午をすぎたころ、
「来た、のか?」
とジャッジが言った。
——あれ?
二頭の馬が近づいてくる。
その馬は、道の上を走っていなかった。
なぜか街道を外れ、北側の草原を駆けている。
その理由はすぐにわかった。
追われている。
後ろから現われたのは、馬に乗った盗賊らしき男たち。
追われている馬は、町の門までまっすぐのびる街道へ戻ろうとするたびに、矢を射掛けられ動きを封じられている。
逃げている馬の乗り手は、二人とも農民の作業着のような服を着ているが、俺のような乗馬のド素人たちではなさそうだ。ちゃんと走れている。
しかし、相手のほうが巧みだ。後ろから弓矢で牽制して逃走ルートを制限しながら、獲物の前へ回りこもうとしているように見える。馬と人を捕まえて売り飛ばすつもりか。
「ラグー! 東に敵! 猟兵が4人!」
とジャッジが叫んだ。
東門で待機していたラグーが、馬に乗って飛びだしていく。
そしてその背中を追って、何頭もの馬が続く。
門番たちも槍を持って走っていったが、彼らが現場に到着した時にはもう、決着はついていた。
ラグーたちの矢に追い散らされ、敵はあっさり逃げていった。
追われていた馬の乗り手たちは、ラグーといっしょにゆっくりと町のほうへやってくる。
「あれが、ヒデオなのかもしれない」とジャッジが言った。「エイチャ、数字を見てくれる?」
「ああ。オープン」
俺はオープンでオープンした。
ラグーやこの町の兵たちの頭の上に数字が出ていないことに、俺はまず安心した。
そして、見知らぬ二人の男の数字を見る。
「背の小さいほうは1481。もう一人は229」
俺のことを知っているのはまちがいない。どちらかがテヤトミ・ヒデオなのだろうか。
俺の返事を聞いたジャッジは、
「じゃあ、今すぐ所定の位置へ」
と言った。
俺は櫓を降り、一人で会談の場所へ向かった。
町の南西区画。ラグーの家の隣にある建物だ。
ただの平屋のようにも見えるが、普通の家ではない。仕掛けがある。
道路側の板壁には窓がなく、二重壁になっている。
配管や配線のためのものではない。壁の裏に、人間が立って潜めるほどの空間が用意されているのだ。覗き穴もついている。
俺はその位置に収まって、会談用に整えられた室内の様子を見ながら、静かに時を待った。
まず、駆け足の音が近づいてきた。
そして扉を開ける音。
ラグーだ。
俺は鎖を持つ手をゆるめて壁を開けた。
壁と壁の隙間に、ラグーが入ってくる。彼は感情が顔に出やすいため、ジャッジとヒデオの会談に「同席」はしないことになっていた。
俺はラグーに言った。
「お疲れ。さっき、すごかったな」
「え?」
「馬に乗りながら弓を使えるだけでもすげえよ。この世界の武術、やばすぎるだろ。相手も、逃げながら真後ろに射ってたよな」
「すごくねえよ。あんなのウソだろ」
「ウソ?」
「どう見ても、やる気ねえやつだったから、こっちの矢もわざと外しといた」
「……嘘の襲撃か」
弓矢でやる騎馬戦を見たことがなかった俺には、ガチなのかどうかの見分けもつかなかった。
「絶対そうだろ」
とラグーは不機嫌そうに言う。
しかし、あの襲撃が茶番だったにしても、それはそれですごい芸だった。互いに馬を走らせながら、当たれば致命傷になるような勢いの矢を、きわどいところで外していた。あんなことのできる人間が、1周目の世界にどれだけいるだろうか。
「あれ、そのへんの盗賊じゃねえな」とラグーが言った。「たぶん、東の武士だ」
「武士? この世界の武士ってどんなの?」
「おれのと同じ、軽騎兵の技を使う奴ら。東の国にはたくさんいるらしい。マウロペアでは「猟兵」って言うんだけどな。要は、人間を狩る猟師だ」
「東……ってことはアブナガ軍の兵士か」
「どうだろ。ネオイーサにもいたけど」
ラグーがそう言った時、家の外から話し声が近づいてきた。
俺とラグーは口を閉じる。
扉が開き、4人の男が入ってきた。
ジャッジとその部下。
そして、町の外からやってきた二人だ。
小柄な男が、俺の右手側——部屋の北側に置かれた椅子に腰を下ろした。もう一人の男は、その後ろに立つ。
——小さいほうがヒデオか。
五十代に見える。
目の細い男だ。
黒眼が大きく、どこを見ているのかわからない不気味さはあるが、表情はにこやかな男だった。
迫力はまったくない。東で無茶苦茶なことをやっている軍事集団の幹部であるようには、とても見えない。
その男の正面の椅子にジャッジが座り、ウラキアの町の代表とアブナガ西部方面軍のトップによる会談が始まった。




