法律
夕食のあと、
「もう泊まっていけよ」
とラグーが言ったので、そうすることにした。
室内には木製のベッドが二つあり、片方には武器や道具が置かれている。
ラグーはそれを床に移してベッドを空け、
「おれ、ステラを連れてくから」と言って外へ出ていった。
ウラキアの町の南東区画には共同の馬小屋があり、町民の馬はその小屋で飼育されている。ラグーも、自分が町内の仕事で忙しい時や、逆にゆっくりと睡眠をとれそうな夜には、そこに馬を預けているようだ。
この町の人間にとって、馬は家族のようなものらしいが、よその悪人から見ても価値のある〈財産〉でもある。
ウラキアの町自体の治安はとても良さそうだが、
——町の防壁の外には、ふつうに殺しにくる盗賊がいるような土地なんだよな。
20分も経たないうちにラグーは戻ってきた。
二人で歯を磨き水を浴びてから、ランプの火を消してベッドに横たわる。
ラグーは、なかなか眠れないようだった。
何度も身を起こし、体の筋を伸ばしたりしているような気配がする。
「エイチャ、まだ起きてるの?」と彼は言った。「うるさくしてごめんな。昼にちょっと寝たからさあ」
「気にすんなよ。つか、ちょっと話してもいい?」
「おう」
「この町、っていうかハルマニア公国? この国の法律ってどうなってんの?」
「法律……?」
「……ゼノだった?」
「や、法律はわかるよ。国が約束するやつだろ。盗賊は必ず捕まえて殺すから安心しろとかいうやつだよな」
「まあ、そんな感じの」
「けど、ウラキアは関係ないんだよ。何かあったら、おれたちが決める。ハルマニア公国も、この町には口を出さないことになってる」
「まじか。つえー」
「親父の代から、ずっとそうだよ」とラグーは言う。「ちょっと危なかった時もあるけどな。エイチャの住んでたとこは、どうしてた?」
「ふつうに法律があったよ。なんかやったら牢屋に何年とか、これをやったら殺すかもとか、そういう値段表みたいなやつは見たことある」
「法律なあ……。あるのが普通、なのかな。こっちだと、北と南はゴチャゴチャしてるけど、西と東にはだいたい法律があるっぽいよな。もし行く時あったら、ジャッジに訊いといたほうがいいよ」
「わかった。西はダーヌ王国で、東は、ネオイーサか。今は行きたくねえな」
「ああ。アブナガ軍に占領されて、もう昔の法律とか全部終わってるだろ」
「……アブナガがいた、もっと東の、スールア帝国だっけ? そことか今、どうなってんの?」
「あ、それだ。それも法律だ」
「ん? それも、ってなに?」
「なんかスールア帝国な、すごい奴が皇帝になって、すごい法律を作ったっぽい。ジャッジが驚いてた」
「え、それわりと最近の話?」
「5年くらい前かな」
「ちょっと気になる。どんな法律?」
「おれは知らない。つうかごめん、もう関係ないかも。その皇帝、アブナガに負けて殺されて、全部ナシになったから」
「やべえな……」
——つまり東は、丸ごと無法地帯かもしれないのか?
1周目の世界の人間が生きていける環境なのだろうか?
法律がしっかり決まっていないなら、まわりの人間関係とか運とかで暴力が決まる可能性が高くなる。
「ここは、いい町だよな」
と俺は言った。
マブい女も、こういう場所に運よくたどりついていてほしいと思いながら。
ラグーがこちらを向く気配がした。
「おれな」とラグーは言う。「みんなに帰ってきてほしいんだよ。この町に」
「……ああ」
俺の口から声が漏れた。
ラグーが言っているのは、東西南北に分かれて暮らしている兄弟たちのことなのだろう。
各地を流れている情報を聞き逃がさないため。そして、ハルマニア公国やダーヌ王国の貴族に根回しをしておくために、あえてバラバラに散らばっているという。
そして今は、誰も彼もが全力で動かなければならない時だ。
「もうずっと会ってない奴いるよ」ラグーは少し、涙声になっている。「あと何回、メシ食えるんだよ」
「ウラキア、守っとくしかないだろ。ぜんぶ落ちついたら、俺もいっしょに食いたい」
「エイチャは兄弟いるの?」
「いない。子供のころからの仲間はいるけど、法律で牢屋に入れられてる奴とかいるし、全員そろったのはすっげー昔。だし、これからもなー」
「……ごめんな。エイチャのほうが辛いよな」
「いや、俺はいきなりこんなだから、辛いとかまだよくわからないんだよ。べつに、みんなでメシ食ったのがなくなったわけじゃないし」
「……そうか。そうだよな」
「ああ、あと親父がいるけど、その親父も、ちまちま実家に帰ってくるより、マブい女を見つけて連れてこいしか言わねえ親だから、見つけるとこまではお言葉どおりにしてやるよって感じ」
「そっか。絶対、見つけような」
「こっちが見つけてもらうんだけどな」
「おう。有名になれよ」
「けど今は、戦争をよけるのが最優先だな。もっかい死んだらたぶんそこまでだし、俺、戦争の中で生きてく自信ねーし」
「……おれだって、ないよ。……けど、死んでも、そこまでのことが全部、ナシになるわけじゃないよな……」
「そらそうだろ。そこだけは曲がらねえよ、って親父が言ってた」
「……うちの親父も…………」
「おう」
「……なんか、言ってた気がする……あの…………ジゲンのやつ……」
「え、いま、次元とか言った?」
「あれ……言った…………悪い……どっかに、おぼえて……なんだっけ…………」
「寝言かよ」
「むう……」
それっきり、ラグーは何も言わなくなってしまった。
寝息だけが聴こえてくる。
俺もよく眠れそうだ。
アブナガ軍の部将——西部方面軍のトップのテヤトミ・ヒデオがウラキアの町に来たのは、その1週間後のことだった。




