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時間をかける

 俺たちはロージャンを残して小屋の外へ出た。

 夕暮れ時だ。町の中心部から離れたこの場所には、ランタンをさげた商人たちも立ち寄らず、盛り場の明かりも届かない。西側の防壁の上から、かすかに赤い光がもれている。


「そっちかー」

 とラグーが言う。

 ジャッジは深刻そうな顔でつぶやいた。

「大物が出てきたね。東じゃなくて西のだけど」

 そして俺のほうに顔を向けてから言った。

「コスモ・ポタリンの話は聞いたことある? 西のダーヌ王国の商人なんだけど、最近はずっとセルケストにいるらしい」

 俺は西を指して確認する。

「セルケストって、ハルマニア公国の首都だよな?」

「うん。たぶん、ハルマニアとアブナガ軍の戦争でもうけようとしているね」

「武器とか売ろうとしてる?」

「あいつはなんでもやるよ。盗賊を集めて、傭兵団(ようへいだん)みたいなことをやらせたこともある」

「やばいなその商人。そんな奴が、ウラキアの森でなにするつもりだったんだよ?」

「それがわからない。なんでも手に入れようとする奴だから、いま何を狙っているのかわかりにくいんだよ。この町を丸ごと奪おうとしたこともある奴だし、そいつが今の状況を利用するなら……」

 ジャッジは額に手をあて、黙りこんでしまった。

 長考だ。

 そのコスモ・ポタリンとかいう商人は、かなり厄介な相手なのだろう。


 東からは勤勉な武将、テヤトミ・ヒデオ。

 西からは強欲な商人、コスモ・ポタリン。

 ウラキアの町の両サイドから、めんどくさい奴らが近づいてきているようだ。

 戦争が始まる前の瀬戸際(せとぎわ)の時間。短いのか長くなるのかもわからない時間の中で、ジャッジの気苦労はえらいことになっていそうだ。


 2分ほど沈黙したあと、ジャッジは口を開いた。

「うん。わからない。現場の盗賊たちが、ポタリンの思惑どおりに動けていたのかどうかもわからないしね。ラグーの感触はどうだった?」

「強い盗賊じゃなかったな。逃げ足だけは速いけど、エイチャの(おど)しがぶっとんでたから一人だけ逃げそこねた感じ」

「やっぱり、その一人に訊いてみるしかなさそうだね」

「ぜってー口止めされてるよな」

「少し時間をかけよう。おれは、ロージャンさんを町の住人として迎え入れるべきだと思うけど、ラグーはどう?」

「賛成。自分が知らないことを知ってる奴は歓迎しろって親父も言ってた」

「じゃあ決まりだ。そっちの方向で話をしてみよう。とりあえずの仕事は、樹皮(じゅひ)の粉砕が第一候補かな。水車が足りなくなってる」

「あー、木の皮を砕くやつな。思ったんだけど、それエイチャの〈デモ活動〉で終わるんじゃねえの?」

「いや。エイチャにはまだ訓練を優先してもらいたいし、あの力を安く使ってみせちゃうのはまずいと思う。普通の仕事は、人が増えれば回るよ」

「そっか。うん。仕事のことはジャッジが決めちゃって」

「ああ。それじゃあ、戻ろうか。話はおれがするから、二人はおれが言うこと全肯定な感じの顔でよろしく」

 ジャッジは手に持っていた刀をラグーに返した。ラグーはそれを左腰の鞘に戻す。


 拷問(ごうもん)する、という選択肢が出なかったことに俺は少し驚いたが、納得感もあった。

 俺は昔、道場で聞いたことがある。

 時間をかけて武術を身につけようとしている人間は、その時間が長くなるにつれ、敵ではない相手の体を破壊することをひどく嫌うようになっていくそうだ。

 だから降参(タップ)は早めにしてくれ、と言われた。

 武術の鍛錬によって人格がなんか良くなる、という話ではなく、やばすぎる動きができる〈人体〉という謎すぎる何かに対する(おそ)れが強くなっていくのだという。

 そして、その感覚が薄れてしまうことを嫌がり、弱すぎる相手の体に触ることすら避けるようになっていく。


 ——「あるねそれ。おれなんかもう、新興宗教人体教(じんたいきょう)入信(はい)っちゃう寸前だよ」


 と空手の師範代(しはんだい)も言っていた。

 俺にはもう、関係がなくなってしまった話だ。

 武術のために何よりも大切にしなければならないのは、体に刻まれた感覚だ。

 魔法の力でレンガや石を砕きつづけるような生活をしていて、感覚がおかしくならないわけがない。


 しかし、ジャッジとラグーは、俺とはちがう。

 師匠であり父親でもあった「伯爵」と死に別れてからも、ずっと鍛錬を続けているそうだ。

 二人はたぶんもう、人体教の信者だ。

 だから、無抵抗な相手の体を破壊することを体が拒否しているのだろう。

 「他人の体は自分の体と関係ない」「他人の体についての記憶は自分の技を鈍らせない」と完全に割り切れる人間なら話はちがってくるのだろうが、二人ともそういうタイプではないようだ。


 しかし、サラリーはどうだろう。

 楽しげに俺を追いこむ彼女の笑顔を思いだしてちょっと怖くなりながら、俺はジャッジたちのあとを追って小屋へ戻った。

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